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医学の地平線

第143号 国産ジェット旅客機、国産ロケットの失敗の要因

最近、日本の大きなプロジェクトは失敗続きです。まず、国家が支援し三菱重工が主導した国産ジェット旅客機の開発が中止されました。更に、国産のH3ロケットの打ち上げが失敗しました。この原因について各方面から様々な意見が述べられていて、それぞれは妥当な意見だと思います。しかし、ここで私はこれまで述べられていない側面から失敗の原因について考えを述べたいと思います。

それは、この医学の地平線のシリーズでたびたび指摘している通り、わが国が「不確実な出来事に対し、適切な対処ができにくい」という事実です。これは「情報力が低い」という指摘と同じです。

新しい国産ジェット旅客機を造るためには強い安全性が求められますが、それにはありとあらゆる危険な場面を思い描き、それに対処する方法を考える必要があります。ロケットの場合もありとあらゆる失敗の可能性を考え、それに対処しなければなりません。人間が関与する限りプロジェクトが成功する確率が100%ということはあり得ません。ジェット旅客機が100%安全という事はあり得ず、ロケットの打ち上げが100%成功するという事はあり得ないのです。最初は成功確率0%から、データと経験を積み重ね、できるだけ成功確率を上げていく必要があります。それには「不確実な出来事を思い描き、記述し、伝える」能力が必要です。しかし、日本語には不確実な対象と確実な対象を区別する冠詞がありません。名詞にdefiniteとindefiniteの区別をつけることができないのです。文章が示すどの対象が不確実で、どの対象が確実かの区別ができないのです。例えば、最近のAIのアーキテクチャーは複雑になっており、英語を日本語に訳すとほとんど理解できないようになりました。

ジェット機やロケットはモノであり、ジェット機やロケットの製造はモノづくりであることは確かですが、モノでも複雑になるとシステムとしての捉え方が不可欠です。通常、複雑なシステムでは成功確率が100%ということはあり得ません。従って、常に確率を考え、正確にわからない場合も推定する必要があります。イーロン・マスク氏率いるスペースX社は1段目を逆噴射で回収し、再利用するという手法で最近は6日に1回ロケットの打ち上げを成功させていますが、近々打ち上げられると報道されているスターシップ(月や火星に人を運ぶ役割を果たす)の初の軌道打ち上げについて、「成功確率は50%」だと語っています。日本の場合、このように各打ち上げの成功確率を事前に推定しているのでしょうか。現時点での成功確率を算出して初めて、それを更に高める努力が必要とわかります。もし、成功率が100%なら、それ以上に高めることはできません。

ここで問題になるのが「確率」の定義です。我が国では確率の定義を詳細に教育していませんが、それには冠詞が無いことが大きく関係していると私は考えています。確率とは、「A probability is a function of an event(ある一つの確率とは、ある一つの出来事の、ある一つの関数である)」と定義されているからです。つまり冠詞が無いと、不確実な出来事を思い描き、それに確率を対応させることが困難なのです。サイコロ振りのような自明の問題にはあいまいな確率の定義で対処できますが、ベイズ統計学のように確率を心の中の信頼に対応させるような場合は精密な確率の定義が必要となるのです。つまり、わが国は不確実な出来事を思い描き、記述し、伝えることが不得意なだけではなく、その確からしさ(確率)を推定する事も不得意なのです。つまり、情報力が低いのです。

この問題はプロジェクトを担当する側に限ったものではありません。もし、H3ロケットの成功率が事前に80%と推定されたとして、それを発表して国民が打ち上げを容認するでしょうか。そんな不確実なまま、何故打ち上げるのだと批判するのではないでしょうか。つまり、国民の側も、不確実性を容認する心構えができておらず、確実を求める傾向が強いのです(確率のない国)。

この問題に教育の側から対処するため、私は以前からメンデルの法則と確率の定義、更にはランダム変数の定義を英語と日本語を併記して教育する方法を推奨しています。あるいは、日本語の中に「ある、その」「一つの、複数の」などの用語を必ず入れることを代案として提案しています。

このように日本語には冠詞が無い、単数複数が無いなど情報力の面では不利なところがあります。しかし、これは英語を自国語とする人々には当たり前のことで、問題の存在に気づきません。我々は日本語と英語を比較することで、この問題の本質を、より深く知ることができます。

現在、AIをリードする世界の会社としてグーグルとマイクロソフトがあります。その2つの会社のトップはどちらもインド生まれです。彼らの母国語はドラビダ語系(タミル語とテルグ語)であり冠詞はありません。情報に不利な言語と有利な言語の両方を理解した人が情報力について最も有利である事を示す例であると私は考えています。我々も同様に、両方の言語を理解することで、英語のみを理解する人々より有利になりうると考えています。

情報力の問題はジェット機とロケットに限った事ではありません。日本の産業や科学の衰退にも大きく関係しています。情報産業やバイオ産業の発達が遅れているのです。製造業であっても、複雑になるほどモノづくりの考えだけでは不十分で、情報力が必要になってきます。是非、これに気づき、教育を大きく変える方向へ舵を切ってほしいものです。

 

参考資料
「確率のない国」
https://www.tufu.or.jp/horizon/2015/1182

「日本の最近の科学の低迷は、情報の弱さにある:情報能力を高めるには?」
https://www.tufu.or.jp/horizon/2021/2168

「日本の情報教育における根源的問題の解決」
https://www.tufu.or.jp/horizon/2020/2016

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