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2020年03月23日

第133号 新型コロナウイルスと遺伝子

新型コロナウイルスは世界中に驚異的な勢いで広がっています。今、我々が努力すべきことは、その拡散をできる限り抑制し、その間に予防薬、治療薬、ワクチンを開発することです。

多くの国々に広がり、人口を減少させるほどの死亡率を示した例として、14世紀のヨーロッパに広がったペスト、20世紀の初頭に起きたスペイン風邪があります。それ以外にも、コレラ、天然痘、結核など感染症が人類に大きな影響を与えた例は数知れずあります。

その影響は遺伝子にも刻まれています。例えば、第6染色体短腕に存在するHLA (human leukocyte antigen)遺伝子群は過去の感染症の影響を大きく受けた遺伝子と考えられています。それ以外にも免疫グロブリン遺伝子、T細胞受容体遺伝子も感染症に大きく影響しすると考えられますが、これらの遺伝子は体内で変化することができ(体細胞変異)、その変化は次世代に伝わりません。

理化学研究所は東京大学と共同し、多くの人々のゲノム解析を行って来ました(ジャパンバイオバンク研究)。また、海外のゲノム研究者との共同研究も積極的に行ってきました。その最も大きな成果は、約30億個のゲノム配列が個人により、また集団により著しく異なるという事実です(遺伝子多様性)。そして、その違いにより、個々の疾患への感受性、薬の効果や副作用が異なることがわかりました。その成果は、NatureとNature Geneticsに限っても50以上の論文として発表されています。

一般に、集団間の遺伝子の違いは人種的近縁度に比例します。日本人は韓国人と似ていて、次に中国人と似ています。一般に、欧米人とアジア人の遺伝子はかなり違います。これを用いた数学的手法で、各集団をきれいに分ける方法が開発されています(主成分分析)。しかし、すべての遺伝子の中でもHLAの遺伝子群だけが非常に特殊です。例えば、強直性脊椎炎を生じやすいHLA-B27は中国人、韓国人、欧米人に多く、日本人には極めて少ないのです。カルバマゼピンやアロプリノールによりスティーブンス-ジョンソン症候群を起こしやすい、HLA-B*1502、HLA-B*5801は中国人、韓国人に多く、日本人と欧米人には極めて少ないのです。これは人種の遺伝的な近縁性では説明できないデータです。このような著しい多様性は例えば中立説のように、自然に起きる遺伝的現象によっては生じえません。

HLA遺伝子群のもう一つの特徴は、著しい多様性です。もちろん、約2万個ある遺伝子の多くも多様なのですが、HLA遺伝子群の遺伝子は桁外れの多様性を持っているのです。このような桁外れの多様性と、人種の近縁度では説明できないアレルの分布はどのようなメカニズムで生じたのでしょうか。

もし、特定のHLA遺伝子(アレルと言います)が有利であれば、その遺伝子は増え、別の遺伝子は減少するはずです。そして、集団のHLA遺伝子の多様性はむしろ減少するはずです。しかし、HLA遺伝子はそれとは逆に、集団としての多様性を促進する方向に進化しているとしか思えません(多様性促進進化)。

これを生じさせる進化的要因としては、(1) ヘテロ有利性と、(2) 頻度依存性選択、があると考えられています。特定の遺伝的座位(例えばHLA-A座位)に二つの異なった蛋白質をコードするアレルを保有する個体(ヘテロ接合体)が、一つしか保有しない個体(ホモ接合体)より生存に有利であれば(前記の1の場合)、ヘテロ有利性が生じます。また、頻度の低いアレルほど生存に有利であれば(前記の2の場合)、頻度依存性選択が働きます。

ヘテロ接合体はホモ接合体より多くのHLA蛋白質を持っています。それにより感染症(寄生虫も含め)を多く排除できると予想されます。また、頻度の高いアレルを持っている個体は別の人から病原体を移されやすいと考えられます。多くの人が同じHLAを持っていると、集団の中でそのHLAを狙った病原体が広がりやすいといえます。稀なHLAを持っている人をターゲットとした病原体があったとしても、そのような人は集団の中で少数なので病原体が広がりにくいといえます。

このようにヘテロ有利性や頻度依存性選択が働くと、集団のなかで著しい遺伝子多様性が生じることが遺伝的シミュレーションでわかります。また、個々のアレルが進化の中で非常に長期に存在し続けることがわかります。なぜなら、頻度の低いアレルほど有利というメカニズムが働けば、稀なアレルはなかなか消えることが無いからです。

ヒトの進化の中でHLAの多様性に影響した感染症が具体的に何であったかはわかりませんが、新型コロナウイルスのようなウイルス感染症はその候補であると考えられます。現在は、その拡散をできる限り抑制し、その間に予防薬、治療薬、ワクチンを開発することに集中すべきですが、可能であれば遺伝子を収集し、ウイルスの遺伝子だけでなく、新型コロナウイルスに対する感受性や重症化のヒト遺伝子の研究を行うことも重要だと考えます。この研究は、治療薬開発にも役立つ可能性があります。例えば、エイズでは、エイズ抵抗性の患者の遺伝子の研究が治療薬開発に直接結びついています。ヘルペスに対する治療薬のアシクロビルの開発も、もともとはヘルペスの持つチミジンキナーゼの遺伝子とヒトの遺伝子の違いに基づいています。

新型コロナウイルスに関する遺伝子の研究により、パンデミックや、それに近い状態が起きそうな場合、どの集団、どの個人を選択的に隔離すべきか、治療すべきかを判断することで、感染拡大を抑え、全体の死亡率を下げることができる事が期待されます。また、治療薬開発に結び付く可能性もあります。

最後にお知らせがあります。今後、公益財団法人 痛風・尿酸財団のウェブサイト(このホームページ)に、「痛風・尿酸ニュース」の項目を新設します。この項目に、理事長だけでなく様々な人たちの原稿を掲載したいと考えています。是非、多くの人の閲覧をお願いします。


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