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第134号 日本再生のカギは情報教育

明治維新以来、日本の国力はしばらくの間、増大を続けた。戦争は良くないことであるが、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦と勝利を重ねた。しかし、第二次世界大戦で日本は最初の敗戦を喫した。この敗戦により国民の命という大きな犠牲と共に国力の大幅な縮小を余儀なくされた。しかし、終戦後、産業を立て直した日本は再び世界最強の産業立国を成し遂げた。紡績・衣料、造船に始まり、電気製品、半導体、輸送機器の分野で目覚ましい発展を遂げた。しかし、それも1990年頃から始まったバブル崩壊により再び低迷の時代を迎える事となった。それから約30年経つが、産業再興の目途は立っていない。2度の挫折には様々な要因があるに違いない。また、その後の再興がうまくいかない要因も多数あるであろう。しかし私はその中で極めて大きいにも関わらず、これまであまり指摘されていない要因を挙げたい。

それは、日本人は「モノ」を認識するには優れているが、「情報」を認識する力が弱いという要因である。戦争についていえば、第一次世界大戦までの戦争は、主として兵力と兵器が重要な役割を果たしていた。しかし、第二次世界大戦からは、それに加え、情報が重要な役割を果たすようになってきたのである。具体的な例としては、暗号解読、機械(兵器)制御、統計学である。産業についても、産業革命以来、対象は「モノ」が主なものであった。そして、「モノ」としての商品の開発力においては日本企業にかなうものは無かったのである。しかし、バブル崩壊以降の産業の中心は「モノ」だけではなく「情報」が加わってきた。具体的にはGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)やマイクロソフトが得意とする分野である。更にヘルスケアはモノと違って不確実性の要素が大きく、情報が大きな役割を果たす分野である。平成元年には世界時価総額ランキングトップ50社に、日本の会社が32社も入っていたのに、令和2年7月の段階ではゼロという現実がある。先進国のトップ産業の多くは製造業から情報産業とヘルスケア産業に置き換わっている。このことは、現状ではこの分野での日本人の能力は限られたものであることがわかる。一般国民が情報に弱い事はもとより、政治家や官僚、更には科学者集団でさえ欧米と比較すると情報を捕らえる力が弱いと私は考えている。

「情報」とは我々が認識できる対象の中で「モノ」では無い対象である。多くの場合、情報はデータとデータとの関係、データとモノとの関係、モノとモノとの関係に関する場合が多い。データとは、モノではないが、モノあるいはモノの集合と一対一に対応する事が多く、多くの人が認識できる対象である。関係とは片方の変化に他方が影響されるかどうかに関する知識であり、その中で最も重要な関係は「因果関係」である。因果関係とは、一つの対象(因)が動くことにより、もう一方の対象(果)が動くことを言い、この知識は「予測」のために重要な知識である。情報の最も重要な用途は「予測」であり、これは未来を対象とすることもあるが、過去や現在を対象とすることもあり、後者の場合の予測は、既に起きてはいるが自分には明らかでない対象を知ろうとする行為を含む。

情報を学ぶためにはコンピュータを操作する、インターネットを利用する、プログラムを利用するなどの行為が役立つ。実際に、日本ではこのような訓練を情報教育の中心とすることが多い。その理由は、モノを使ってデータを処理し、データとして結果を得ることができるからである。モノとデータを対象とする限り、誰でも理解できるため、日本ではこのような行為のみを対象とすることを好む。しかし、それだけでは情報の本質を知る事はできないと私は考えている。モノやデータは多くの人が容易に理解できるが、情報はしばしば数学的内容を含むため、理解が困難なことも多い。「現実世界の対象物であるモノとデータを数学に結び付ける概念」の理解が真の情報の理解のためには不可欠である。概念の理解の問題点は、理解できないということを理解できないため、理解する重要性が理解できない事である。しかし、この概念を多くの一般人が、国をリードする人たちが、更には科学者たちが理解することが、今後の我が国の発展にとって最も重要であると私は信じている。

次回からは、どのようにしてモノとデータの認識を情報の理解に結び付けるかについて解説したい。

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