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第54号 日本の理系研究者が不得意なルベーグ測度的見方

理系と文系の区別には諸説あると思うが、数学を使うか否かが大きな分かれ目である事に異論はないであろう。数学自身も理系分野であるが、それ以外の理系の分野でも数学を有効に用いる。経済学などは数学を用いるにもかかわらず文系に分類されているが、そろそろ理系文系の組み換えを考えた方が良いと思う。逆に、理系と考えられていても芸術的要素が極めて強くなった分野は文系に組み替えても良いように思う。

理系の分野では、数学を何らかの形で使うが、ほとんどの場合、現実対象物に数学を適用する。その場合、適用の仕方が二種類ある。一つはリーマン積分的な適用法であり、二つ目はルベーグ測度的適用法である。日本社会は後者の適用が不得意で、そのため特にサービス産業への数学の適用が十分ではないと考えられる。欧米諸国などでは社会の要求する数学的能力の多くは後者なので、これは日本の今後の発展について大きな問題である。

数学を現実対象物に適用する場合、現実対象物に変数を対応させる。変数は時間や空間と共に動く。そこで、長さ、面積、体積という量に関する概念が生まれる。積分はそのような概念の総称である。変数はこのように時間と空間により変化する事が多い。時間や空間は連続なので、積分する事が困難ではない。時間、あるいは空間を細かい区分にわけ、その区分を底辺に、変数の値を高さにした短冊型の図形の面積を計算し、それを加えればよい。即ちリーマン積分である。

リーマン積分は、このように直感的に理解しやすく、日本人の貢献も大きい。時間と空間を対象とする物理学などでは重要な役割を果たす。しかし、人間を中心にした生物を対象とするためにはもう一つの積分概念も理解する必要がある。積分の概念を拡張し、測度という概念を理解する。

もちろん、人間や生物は分子で構成されるので、モノの科学である物理や化学が重要な役割を果たす。日本ではこの傾向が特に強い。しかし、人間や生物は多様であり(多様性)それだけでは十分ではない。日本の理系研究者は後者の捉え方が不得意であるように思われる。

二次元のグラフを考える。例えばy = x + 1のようなグラフでも良い。これをxについて[0,1]の範囲で定積分するためにはx軸のこの範囲を細かく分け、底辺、グラフの直線、高さで構成される短冊様の図形を考える。細かい説明は省くが短冊の面積を加えて行き、極限を考えると積分が可能である。これがリーマン積分である。ルベーグ積分は、この逆を考える。y軸について[1,2]の区間を細かく分け、細かい区間に含まれる点の集合を考える。個々の集合に対応するy軸の値に測度という積分に相当する概念を対応させ、それを加えた物がルベーグ測度である。

y = x + 1のように連続のグラフの場合はリーマン積分もルベーグ積分も可能だが、リーマン積分が出来ないがルベーグ測度は定義できる関数も多い。例えば[0,1]のxについて、xが無理数でyは1、有理数で0を取るような関数はリーマン積分は不可能だがルベーグ測度は計算できる。y = x + 1のような場合、ルベーグ測度といっても単純だが、時には複雑な点の集合を常に考えなければならないので、非常に複雑になる。直感では理解しにくい場合が多い。

人間や生物の多様性に話しを戻すと、多数の人々の身長と体重を量るとする。現実には不可能だが、それぞれ極めて正確に小数点無限桁どころか、実数値として決まっているとする。これに数学を適用するにはどうすればよいだろうか。まず、身長の低い順に左から並び変えると良い。そうすると、例えば平均身長などは、リーマン積分的に計算できる。しかし、このとき体重やBMIについては並んでいない。身長について並ばせたまま、体重について並ばせる事はできない。このようなバラバラな値をどのように数学に適用させればよいか。ヒストグラムを取れば良い。体重を細かい区分に分け、それぞれの区分に含まれる人々の集合を考える。その集合の大きさを区分ごとに示した物がヒストグラムである。これがルベーグ測度を直感的に示した考えである。

ルベーグ測度を考えるには集合の概念が必須である。しかも時間や空間のように並んでいない対象物の集合を考える必要がある。しかし、集合の要素を厳密に定義できる限り、どんなに複雑でも積分的な計算は可能である。確率はルベーグ測度に含まれる概念である。可能なすべての結果の集合のうち、特定の結果の集合に測度に相当する概念を与えた関数が確率である。確率は現実世界で集合の概念を定義できないと理解困難である。

遺伝学や統計学で用いる変数は、このように並んでいない物を対象とする場合が多い。対象物の部分集合を定義し、その測度を計算するような場合が多い。従って、それに数学を適用するのにはルベーグ測度的考え方が不可欠である。

日本語には複数単数の違い、定冠詞不定冠詞の違い、可算名詞と不可算名詞の違いが無い。そのため、現実世界において集合と要素、変数と値、量と質の違いに慣れていない。それが多様性を含む集合を対象とした応用数学が不得意な理由であると考える。

日本では天文、物理、化学などには数学が十分取り入れられている。しかし、生物学、医学では十分ではない。モノへの数学は取り入れられているが、多様性を対象とした情報に関する数学の理解が十分ではない。

しかし、これらの概念は訓練により理解可能である。例えば、現在中等教育での数学の到達目標は「微分積分」であるが、それを「確率統計」へと変える事が有効であろう。生物学の多様性の理解のためにも、もう少し数学的解釈を加えるべきである。我が国は製造業しかできないとあきらめる前に、このような教育改革をやったらどうだろう。

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