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第53号 遺伝法則と代数構造の類似性

「未来の大きな科学的テーマは何か」と聞かれる事がしばしばある。私は、生物学、物理学、数学の統合が大きなテーマになるとずっと考えてきた。しかし、明言すると荒唐無稽と思われるので少し控え目に言ってきた。しかし、そろそろ「無知な若造が荒唐無稽な説を唱えている」とは絶対に言われない年になってきたので発表している。

手始めに、遺伝法則と代数構造の類似性について説明する。代数構造論は20世紀初頭にフランスの若手数学者集団ブルバキによって展開された現代数学の構造論である。我々が直感的に正しいと考えて用いる数学的手法を、集合とその上に定義された二項演算、単位元、逆元、結合性、可換性などの概念を導入することにより説明し、その構造を明らかにした。マグマ、半群、モノイド、群、環、体、などの代数構造を定義していく。我々の数学概念の奥にある構造を明らかにした画期的な成果である。

驚くべき事は、このような同じ代数構造が物理学のありとあらゆる世界で極めて有効に機能する事である。ケプラーの天体法則、ニュートンの我々の世界の物理現象、ハイゼンベルグの素粒子理論、そのすべてに同じ代数構造が使われる。それは極めて不思議なことである。

実は、この代数構造はメンデルの発見した遺伝法則と酷似している。遺伝法則は基本的には、座位、アレル、遺伝型、表現型などを含む具体的な出来事の確率に関する法則である。この、出来事の集合である体の構造は代数構造そのものである。私は、我々の思考の深奥に存在する代数構造の基礎になったのは遺伝法則に関する確率空間だと思う。

科学は所詮、遺伝法則に支配された人間集団の創造物である。人間に影響を与える対象を人間が認識し、説明し、未来予測を行うシステムが科学である。影響を与える対象は個体を消滅させる可能性も、増殖させる可能性もある。生物界では自らの情報存続の確率の高い戦略が保存されてきたに違いない。存続確率を高くする手法が予測であり、そのシステムが高度に発達した物が科学であろう。人間、個人個人の性質を表現型というが、遺伝法則の一つは、表現型が遺伝型の条件付き分布に従うと主張する。認識とは表現型を反対側から見た概念である。このような状況を考えると、科学が遺伝法則に強く影響されているのは当然のことである。

生物は確かに物質を材料に作られたものである。しかし、情報存続のシステムとも考える事が出来る。物質は「存在、非存在」が明確に定義できる。しかし、情報については、それほど明確な定義はできない。物理学もニュートンあたりまでは、存在の定義は自明であったかも知れないが、最近の進歩を見ると人間の認識構造と無縁では無いように思われる。私は、物理学と生物学は、数学を基盤に統合に向かうと考えている。

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