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第13号 遺伝学研究

私は今年の4月から理化学研究所ゲノム医科学研究センターのセンター長をしています。 私の前のセンター長は有名な中村祐輔氏です。今年の4月以前にも非常勤で、理化学研究所ゲノム医科学研究センターのデータの解析の指導をしていたのですが、4月からは常勤になりました。

このセンターはこれまで医学研究で輝かしい業績を残しています。 特に2002年から発表を開始したゲノムワイド関連解析という手法の開発については世界からの評価を受けています。 ゲノムワイド関連解析を英語で書くと、genome-wide association study (GWAS)、またはwhole-genome association study (WGA)ということになります。

GWASによる研究は2002年から2004年までは、理化学研究所ゲノム医科学研究センター(当時は遺伝子多型研究センター)がネイチャージェネティックス誌に心筋梗塞、 関節リウマチについて3報発表したものだけです。 しかし、2005年になり海外からも少しずつ発表されるようになり、2007年になって世界から多くの論文が発表されるようになりました。 2009年には世界から1200以上のGWAS論文が発表されています。遺伝学全体に占めるGWAS論文の割合もうなぎのぼりです。 今や、ネイチャージェネティックス誌という遺伝学では最高峰の雑誌の45%の論文がGWASの論文になっています。 まさに、GWAS/WGAは遺伝学研究に革命をもたらした研究手法と言えるでしょう。

GWAS/WGA以前の遺伝学の手法は主に分子生物学によるものでした。 分子生物学とは遺伝子の本体であるDNAを主とした分子を実験として分析することを主体とした科学分野です。 多くの場合、研究の現場は実験室です。実験は主として試験管実験と動物実験です。人間を対象とするとしても、ある一人、あるいは少数の人から得られた資料を使うのが基本です。 しかし、GWAS/WGAで主役を演じるのは疫学調査、計測機械とコンピュータです。疫学調査とは多数の人々のデータを記録し、それを統計解析して結論を導く方法です。従って、分子生物学とGWAS/WGAとは全く異なった能力を必要とします。 また、考え方もある意味では真反対と言った方が良いかもしれません。 分子生物学では、対象を純化することを目的としますが疫学統計学では純化を目指さず、最初から多様性を許容します。

従って、疫学統計研究を理解しない分子生物学者の中にはとまどいや反発もあるようです。 私はこのような事態を予想し、2006年に現代化学という雑誌に、請われて「分子生物学と疫学統計学の戦争が始まる」というタイトルの記事を書きました。 これには当時、匿名の分子生物学者から激しい非難の反論が寄せられました。

私自身はもともと分子生物学を主たる研究対象とし、1980年代から1990年代には遺伝病やがんを対象とし、そのような論文を多数発表しています。 しかし、1990年代から疫学統計学に主たる研究手法を移し、様々な論文を発表してきました。 従って、両方の研究に習熟していると考えています。今の若い研究者には、広い視野を持ち、この両方の研究手法を知ってほしいのです。日本の研究者団体が縦割り構造を持ち、視野が狭い科学者が育ちやすい事に憂慮しています。

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