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2017年09月04日

第118号 海外からの日本の教育、研究批判にどう答える?

 

 

Foreign AffairsとNatureという文化系、理科系でそれぞれ世界を代表する2つの雑誌に、昨年10月号(Foreign Affairs)、今年3月号と8月号(Nature)で日本の高等教育と科学研究を厳しく批判する論文が掲載されたことが話題になっています。

いずれも強い口調で日本の現状を極めて批判的に記述しています。例えばForeign Affairsでは、東京大学がアジアの大学ランキングで1位から7位に転落したこと、教育予算の各国比較などの様々なデータ、および国内外の有識者へのインタビューを通じ、日本の高等教育の失敗を強く批判し、Natureでは世界での科学雑誌の論文数の推移などのデータから世界の科学における日本の急速な地位低下を述べています。どちらの論文も確たる証拠に基づくものであり、もちろん日本の現状を憂い、改善を求めるものです。Foreign Affairsの記事では日本の高等教育が「旧産業時代に最適化された時代錯誤」のものであり、「批判的思考やグローバル思考が欠如し」、それに加え「予算が不足している」といいます。

これに対し是非、日本の文部科学省や政治家の方々は反論するなり、改善策を議論してほしいものです。また日本のマスメディアもこの現状を大々的に報道してほしいものです。日本の教育が旧産業時代に最適化され(optimized to an earlier industrial age)、時代錯誤(anachronistic)という主張には私は大賛成です。大幅な教育改革が必要だと思います。

世界の産業の動向を知るデータとして、世界の企業の時価総額ランキングが毎月発表されています(http://www.180.co.jp/world_etf_adr/adr/ranking.htm)。バブルの当時にはNTTが世界最大の時価総額企業になるなど一時は上位に日本企業が多くランクされていました。しかし最近では日本企業でトヨタ自動車が唯一50位以内を維持するのがやっとの状態です。これもまた、我が国の高等教育や科学研究の凋落と並んで、憂慮すべきものです。

歴史を見れば、もちろん長い間、農業が最大の産業でした。しかし、産業革命以来、中心となる産業はダイナミックに変化してきました。日本でも戦前は繊維産業が中心でしたが、戦争期やその直後には石炭、鉄鋼、造船などが栄えました。その後、電機産業、精密機械、半導体産業、自動車産業が栄え、現在は自動車産業が唯一の世界的競争力を持つ産業とも言える状態になっています。しかし、同じ産業がいつまでも中心でありつづけた例はありません。世界を見渡すと先進国では既にIT産業、製薬業、金融業、石油産業などが中心となり、製造業は今や発展途上国の企業の寄与が大きくなっています。「旧産業時代に最適化された」というのは、大規模な製造業の従業員として最適な、上の指示に従う人材を養成し、多様性より均一性を重視する教育をさすのだと思います。これから人工知能(AI)が普及する時代になります。AIの時代には誰でもできる均一な仕事はAIとロボットにより置き換わります。他の人たちとは違ったアイデアから産業に貢献する能力が必要になります。これからIT産業、製薬業、金融業に適した人材の教育が重要だと考えます。

このような産業では「モノ」とは異なる「情報」を理解する能力が不可欠です。製薬業は「モノ」が中心と考えるかもしれませんが、実は「モノ」の関与は小さくなり「情報」の関与が大きくなっています。薬を服用する事が安全で有効であるという証拠(エビデンス)が重要になっており、モノである化合物としての薬は発展途上国で製造されることも多くなっています。IT産業においてもiPhoneのパーツである「モノ」の価値はパーツの組み合わせやソフトウェア(情報)にはるかに及ばない事を理解する必要があります。金融においても現金というモノより情報としての価値や信用が重要であることと同じです。日本社会はモノを理解する力は非常に強いのですが、情報を理解する力は弱いと考えています。日本でIT産業、製薬産業、金融業を発展させるためには「モノ」の理解だけではなく「情報」を理解するための教育が重要です。

情報を理解するには、まずデータと情報を区別することが重要です。データはモノと一対一対応することが多く、誰でも理解可能です。しかし、情報はモノやデータの間の関係であることが多く、理解がより困難です。これを理解する能力を持つ人々こそがこれから先進国の産業に必要とされる人材と言えます。例えば遺伝子の例では、DNAはモノですが、塩基配列はデータです。しかし、塩基配列だけでは価値がありません。塩基配列と表現型(蛋白質の量や機能、更には病気など)との関連こそが情報です。しかも、関連の中でも「因果関係」が最も重要な情報です。

日本社会が情報を理解できにくい原因の一つは言語に有ると考えています。モノやデータなどの対象物の間の関係を理解するためには、有限性、可算性、集合、要素、(ランダム)変数、値、確率などの概念を純粋数学ではなく現実世界を対象物として捉える力が不可欠です。日本語には可算名詞と非可算名詞の違いがありません。単数、複数、集合名詞の違いがありません。不定冠詞、定冠詞の違いがありません。これらの概念が無いことが、日本社会が特に生き物を対象とした応用数学に弱い重要な要素だと私は考えています。しかし、この弱点さえ理解できれば、教育により容易に克服できると考えています。

AIに負けないためには「非常識」な情報を創造する必要があります。非常識が将来、意味ある情報と社会が認識すればイノベーションとなります。即ち、将来常識となる非常識を創造する必要があるわけです。非常識は均一の中からは出てきません。多様性が重要なのです。情報はモノやデータの間の組み合わせであることがほとんどです。全く新しい組み合わせを考えることは困難ですが、以前発表された組み合わせを少し変えることにより新しい情報となります。全く同じ組み合わせは発見ではありませんが、少し変えれば意味ある情報となる可能性があります。私は情報教育には、このような模倣力が重要であると考えています。

日本社会はこれから人口が減少し、しかも高齢化社会になります。そのような社会で豊かさを維持していくためには、世界の新しい産業を取り入れ生産性を常に向上させ続けることが不可欠です。日本はバブル時代の成功体験を通じ傲慢になり、「欧米に学ぶ」という謙虚な姿勢を忘れたのではないでしょうか。日本のこれまでのすべての近代産業は欧米に学ぶことにより可能になったものです。日本社会が世界の中で自らが置かれた現状を正しく認識すれば、これを変革するためのエネルギーも自然に湧いてくると考えています。


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