HOME » 医学の地平線 » 第150号 Anti-AI for Science(反AI科学)の勧め

医学の地平線

第150号 Anti-AI for Science(反AI科学)の勧め

非現実的ですが将棋の最高位、藤井棋士と私が将棋対決をする事を考えてみましょう。私は将棋の素人ですが、最高のAI将棋ソフトを使えるとします。藤井棋士は対決中にはソフトを使えません。その勝負の結果はおそらく私が勝ちます。しかし、私が藤井棋士に勝ったからといって評価されるでしょうか?将棋界ではもちろんのこと、世間も全く私を評価しないでしょう。私は自分の能力で勝ったのでは無いからです。私の使ったAIソフトは、私が作ったものでは無いのです。

しかし、藤井棋士もAIを駆使している事はよく知られています。藤井棋士は勝負の時はAIソフトを使えませんが、訓練ではAIを最も効率的に使っていると考えられています。そして、藤井棋士の頭の中には、AIとの対決のノーハウが充分に入っています。それでも対決すると、AIソフトの方が強いわけです。最近では棋士間の将棋対決の中継中でも、棋士の一手とAIの一手の違いが表示される場面もあります。その時、藤井棋士の最も賞賛される一手は、AIと異なった手を刺して、それが結果的に良かった時です。AIと同じ手を刺した時は、それが最高の一手であっても、あまり賞賛されません。そのAIソフトは藤井棋士が作ったものではないからです。

これを研究者に置き換えて考えてみましょう。最近AIが非常に賢くなり、AI for Scienceの研究が盛んです。今後AI for Scienceが進歩すると、素人がAIを駆使して書いた論文が、科学者を上回る評価を得ることもあり得ると考えられます。しかし、そのような素人は評価されるでしょうか?藤井棋士の例から類推すると、もしその素人が科学者であったとしても全く評価されないでしょう。自分の頭で考えた結果ではないからです。次に科学者がAIを駆使して研究を行い、論文を書いたとします。そこで、その科学者が評価されるのはどの点でしょう。藤井棋士の将棋と同様に、「科学者がAIと異なる発想で研究を行った部分」が最高評価の対象となるでしょう。AIの指導通りに研究を進めた研究者は評価されないでしょう。そのAIソフトは自分が作ったものではないからです。

これが、私が研究者にanti-AI for Scienceを勧める理由です。AIが進歩するのは良いことですが、人間に対する評価はあくまでAIとは異なった能力に対するものです。私は情報について極めて早くから研究を進めていますが、現在AIを使っている人の多くは「AIを理解して使っているのではなく、AIに使われているに等しい」と考えています。私はAIを使わない事を推奨しているのではありません。ただ、AIの指示とは異なった(時には反対の)方向に研究を進める事を推奨しているのです。実はAIが無かった時代にも類似したことが言えました。本当の科学者の評価は、現在もてはやされている研究とは異なった(時には反対の)研究を行う事だったのです。

そこで、具体的なanti-AI for Science(反AI科学)の方法を提案します。もちろん、AIを駆使します。しかし、このAIは私が作ったものではないのでこの部分では評価されません。そこで、AIに相談して右を推奨されると、あえて左に進むという方法です(AI反教師法)。ただそれだけでは荒唐無稽になりがちです。そこで、現実のデータとの照合のため最尤法やベイズ統計を使うのです。ただし、これらはAIが最も得意とする方法です。そこで、数学的厳密性からの逸脱が重要です。数学的厳密性はAIの餌食です。AIではなく自分の頭で逸脱をするのです。

しかし、AIが極端に賢くなると、そのような事が果たして可能か、という疑問がわきます。それについて、私は可能だと考えています。なぜなら、唯一の真実に向かって着実に進むことが科学の本質ではないと考えているからです。トーマス・クーンが「科学革命の構造」で示したように、科学者集団が形成した「パラダイム」を革命的科学で更新していく事が科学の本質だと考えているからです。具体例を出しての考察は前回の「医学の地平線」の論説、「第149号 21世紀に科学のフロンティアは「モノ」、「情報」から「エネルギー/エントロピー」に移る」(https://www.tufu.or.jp/horizon/2026/3678)への参照をお願いします。私はここで、「クロス思考」という思考法と、「メタ思考」という思考法を提案しています。

将棋と科学の大きな違いは、前者ではルールが永遠に固定されているのに比較し、後者では変化しうるものである事です。科学では一見ルール(パラダイム)があるように見えても、それは変化しうるものです。いや、それを変化させることこそ、科学者の最大の責務なのです。トーマス・クーンは科学研究を「通常科学(Normal Science)」と「革命科学(Revolutionary Science)」に分類しましたが、AIが普及するにつれ後者の重要性が急増するでしょう。

 

 

HOME » 医学の地平線 » 第150号 Anti-AI for Science(反AI科学)の勧め

PageTop