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医学の地平線

第45号 23andMeとFDAが始めた遺伝子検査のルール作り

2013年11月22日、23andMeはFDAより、遺伝子検査結果報告のサービスを中止するように警告する手紙を受領した。被検者への報告の内容がFDAによる品質管理基準を満たしていないと言う理由である。23andMeの責任者、Anne Wojcicki(Googleの共同創始者の一人、Brinの妻)は直ちに行動を起こし、11月22日以降の同社のサービス内容を変更すると発表した。それ以前にキットを購入した顧客には今まで通りのサービスを提供するが、その日、あるいはそれ以降に購入した顧客は、生の遺伝子データと祖先データのみを見る事ができ、健康に関するデータは当面見る事が出来ないと言う内容である。サービス内容の変更に伴い、不満の顧客には返金に応じるとしている。

23andMeとFDAの対話は2008年に開始され断続的に続いている。2012年7月には23andMeはFDAへ最初の承認申請を行い、8月の末に次の申請を行った。FDAはそれに対しフィードバックを23andMeに送ったが、それへの対応が遅れていると23andMeは認めている。

以上の経過から、消費者向けの遺伝子検査は大きく後退する、あるいは23andMeの将来は暗いと見る識者も多いようである。しかし、私の見方は異なる。GoogleグループとFDAが、将来の世界をコントロールする遺伝子検査とその利活用に関するルール作りを本格的に始めたと見ている。

消費者向けの遺伝子検査は23andMe以外にもNavigenics、DECODE社などが行っていたが、今やほぼ23andMeの独占に近い状態である。どの会社もゲノムワイドの遺伝型データを得た後に、疾患や薬物反応性に対し予測を行い報告する。遺伝型データの品質管理ももちろん大切だが、問題は健康予測の部分である。つまり生データをどう解釈するか、という問題である。これは極めて高度な遺伝統計学的予測問題になる。私は以前多くの会社の予測に関するアルゴリズムを詳細に検討した。その結果、23andMeのアルゴリズムに驚嘆した。遺伝学に関する理解の深さ、数学的考察の詳細さ、洗練された記載、どれをとっても他を寄せ付けない内容であった。おそらく、Googleの天才的応用数学者集団が関与しているのであろう。

23andMeとFDAの協議開始は1980年代終わりの、FDAと製薬会社の間の協議開始を彷彿とさせる。サリドマイド事件や薬害エイズ事件を受け、FDAは薬物認可のありかたを徹底的に検証し、変更した。有効性と安全性予測をどのように行い、承認をどのようなルールで行うべきかを議論し、GCP(good clinical practice)というルールを作った。そして、ICHという国際的新薬承認に関する機構を通じ、全世界のルールとした。それまでのin vitro、動物実験、少数例の経験、専門家の証言による薬効と安全性の判断から、被検者の人権尊重と疫学統計重視に大きく変更した。審査官も疫学統計を理解する人材に入れ替えた。

1990年頃から本格的に導入されたGCPにより、日本の創薬は大きな打撃を受けた。GCPに含まれる被検者への情報の完全開示と疫学統計の概念に、日本社会がすぐには対応できなかったからである。そのため、GCPを基本概念より文章と文言と考え、一字一句その通りにする事を重視し、却って煩雑になっているのではないか。

今回の23andMeとFDAとの対話開始もそれに似ている。問題は、二つとも人間を含む生物に特徴的な予測の不確実性に関するものである。予測が100%正しいとは言えない場合、どのような判断をすればよいか。不確実性を伴う予測をどのように人々に役立てるように規制し、承認を行うかのルール作りが始まったのである。以前のGCPの場合は遺伝子のデータを含まない物であったが、今回は生物の根源である遺伝子のデータを含む。それをどのように人々に役立てるかと言うルール作りを、FDAと米国の国家を代表する企業であるGoogleが開始したのである。

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