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医学の地平線

第2号 医学における情報爆発とその対策(痛風や高尿酸血症も例外ではありません)

医学の研究で最も重要な分野の一つが病気の原因究明です。それ以外にも、診断法の開発、治療法の開発、病気の集団的研究や対策がありますが、「病気の原因究明」が重要な分野であることには間違いがありません。

病気の原因には遺伝と環境があります。ある病気は遺伝要因だけで起き(例えば遺伝病)、ある病気は環境要因だけで起きますが(例えば、交通事故)、多くの病気は遺伝と環境の両方が関係します。 しかし、近年のゲノム分析の技術革新により「遺伝」が関係した病気の原因研究はあと数年でほぼ終結する可能性があります。それは全ゲノム関連解析(GWAS: genome-wide association study)という新手法の開発によります。

全ゲノム関連解析は2002年に理化学研究所遺伝子多型研究センターで一人当たり数万の遺伝的違い(SNP)の解析が行われ、心筋梗塞や関節リウマチの原因遺伝子が取り出されたのが始まりです。2007年頃から一人当たり数十万個のSNPが解析できるシステムが世界的に売り出され、多数のGWASが発表されるようになりました。2007年の科学で最も優れた進歩(Scientific breakthrough of the year)として、このGWASを中心とした「人の遺伝的多様性」が選ばれたのです(Science誌)。 痛風や高尿酸血症の研究も例外ではありません。

今や数千人から1万人を超える人々から集められた遺伝子を元に、一人当たり数十万のSNPを検査し、コンピュータの計算により原因の遺伝子を取り出すことが出来るようになったのです。それにより多くのトランスポーターとよばれる蛋白質の遺伝子が痛風や高尿酸血症の原因であることがわかりました。SLC2A9、ABCG2、SLC17A3、GLUT9などの遺伝子です。全ゲノム関連解析ではほとんど全部の遺伝子を網羅的に調べるので、既に重要な痛風や高尿酸血症の遺伝子は明らかになったと思います。

これらの情報をもとに、また新薬の開発や、薬のより良い使い方(個人に合った薬の使用)が行われるようになると思われます。 私も属している理化学研究所ゲノム医科学研究センターでは47の病気の25万を超える症例の臨床情報と遺伝子を集めています。これをもとにさまざまな病気の原因遺伝子を一気に解明しようという研究がなされています。
しかし、そのためには気の遠くなるような膨大なデータを処理しなければなりません。今や医学研究の現場では研究ロボットとコンピュータが大きな役割を果たしているのです。我々は最近、日本人の集団構造を解明する研究を発表しましたが、これには一人当たり14万個のSNPの情報を7000人で調べたデータが使われているのです。

ここ50年ほどの間、医学研究は分子生物学を中心に進歩してきました。

しかし2003年の人の全ゲノム配列解明により分子の設計図はすべてわかりました。この中にすべての分子のもととなる情報が入っているのです。
それを機に、医学研究は急速に情報解析の方向に進むようになりました。今や、一人の32億個のゲノム配列さえ数日でわかるような時代になっています。普通の大きさの遺伝子であれば、1万人分のサンプルを1日で処理できるのです。10万の情報を持ったデータが1万人分、1日で出てくることを想像してください。それは中くらいの図書館が持つ全部の本に書いてある文字に相当します。

試験管や動物を使った実験を主体に行っていた研究者の間からは、ロボットとコンピュータを用いた医学研究に対し懐疑的な見方もありましたが、現在ではほとんどの研究者が情報解析の重要性を認識するようになっています。

ただ、問題は日本で医学や生物学の情報解析を行える人が極端に少ないことです。この対策が今最も重要なテーマの一つです。

全ゲノム関連解析による痛風や高尿酸血症の原因遺伝子の報告の論文です

1. Dehghan A, Kottgen A, Yang Q, Hwang SJ, Kao WL, Rivadeneira F, Boerwinkle E, Levy D, Hofman A, Astor BC, Benjamin EJ, van Duijn CM, Witteman JC, Coresh J, Fox CS. Association of three genetic loci with uric acid concentration and risk of gout: a genome-wide association study. Lancet. 2008 Sep 30. [Epub ahead of print]
2. Vitart V, Rudan I, Hayward C, Gray NK, Floyd J, Palmer CN, Knott SA, Kolcic I, Polasek O, Graessler J, Wilson JF, Marinaki A, Riches PL, Shu X, Janicijevic B, Smolej-Narancic N, Gorgoni B, Morgan J, Campbell S, Biloglav Z, Barac-Lauc L, Pericic M, Klaric IM, Zgaga L, Skaric-Juric T, Wild SH, Richardson WA, Hohenstein P, Kimber CH, Tenesa A, Donnelly LA, Fairbanks LD, Aringer M, McKeigue PM, Ralston SH, Morris AD, Rudan P, Hastie ND, Campbell H, Wright AF. SLC2A9 is a newly identified urate transporter influencing serum urate concentration, urate excretion and gout. Nat Genet. 2008 Apr;40(4):437-42.
3. Doring A, Gieger C, Mehta D, Gohlke H, Prokisch H, Coassin S, Fischer G, Henke K, Klopp N, Kronenberg F, Paulweber B, Pfeufer A, Rosskopf D, Volzke H, Illig T, Meitinger T, Wichmann HE, Meisinger C. SLC2A9 influences uric acid concentrations with pronounced sex-specific effects. Nat Genet. 2008 Apr;40(4):430-6.

私たちが日本人の集団構造を解明したことを報告した論文です

Yamaguchi-Kabata Y, Nakazono K, Takahashi A, Saito S, Hosono N, Kubo M, Nakamura Y, Kamatani N. Japanese population structure, based on SNP genotypes from 7003 individuals compared to other ethnic groups: effects on population-based association studies. Am J Hum Genet. 2008 Oct;83(4):445-56

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