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2017年07月05日

第116号 統計学は最強の学問ではない

最近このような本のタイトルをネットで発見しました。

「統計学は最強の学問である」
断っておきますが私はこの本を読んでいないし著者も知りません。しかし、多くの人々は本のタイトルを見るだけで、それに結構影響されると思うので、誤った考えを持たないように統計学も専門とする科学者として断言します。

「統計学は最強の学問ではない」
私は著者を知らず本も読んでいないので、見当はずれのコメントであった場合はごめんなさい。多分著者は「出版社が勝手につけたタイトルなので」とか本文中で書いていることを期待します。

しかし、私のように本のタイトルしか読んでない人のために解説します。
私は統計学以外の様々な学問を学んで来ましたが、そもそも
「最強の学問など存在しない」
というのが結論です。強いて言えば「出来る限り多くの分野に精通した者が最強の科学者である」とは言えるかもしれません。科学は閉じた分野としては存在しません。数学でさえ、その中で矛盾のない完全な体系を作ることは不可能なことが証明されています(不完全性定理)。ただし、自分が専門とする分野が科学の中で最高の分野だ、と思っている研究者は、どの分野でも大勢います。そういう研究者は得てして、他の分野の科学を知りません。知らないからこそ、自分の知っている分野が最高だと思えるのです。

日本の科学者の問題点は守備範囲が狭いことです。第一にScienceを「科学」と訳すのも問題ではないでしょうか。分野が別れていることがScienceの第一の特徴ではないはずです。多分、明治の頃、文化系の人々が自分たちジェネラリストの存在意義の強化のため、理科系の人々を分野ごとにわけ、それぞれの間の会話をできにくくしたのではないでしょうか。自然科学、社会科学、人文科学と分け、あなた達は「モノ」の事だけに専念しなさい、人間のことは我々に任せなさい、という意図を感じます。科学行政にしても、日本では政治的な要因や省庁の利害の要因が大きすぎて、広い科学的展望が欠けているように見えます。それぞれの科学者が狭い分野の知識しか持たないため分断され、ジェネラリストである文化系の人々が牛耳る世界に甘んじているように見えます。

日本の科学者は固定化された「学会」を形成し、その分野の中だけで活動することが多いと思います。それぞれの分野を「おらが村」にして、村のルールを自分たちだけで決め、新しい知識や考えは村外ではなく「輸入」に頼るのも我が国の科学の特徴です。

さて、統計学ですが、最近、統計学者が大幅に増えました。おそらく薬効検定や論文の査読など必要に迫られ増えたのだと思います。以前から、統計学者が少ない少ない、もっと増やすべきだと私を含めて専門家が言っていたので、それは良いことです。しかし、他の分野にも精通し、深く考える統計学者が少なくなったことも事実です。

以前は専門に統計学を教える大学はほとんど無かったので、色々な分野の研究者が独学で統計学を習得していました。しかし、最近は、比較的均一な教育方法で「手法としての統計学」を教えているのではないでしょうか。

というのは、薬効検定にしても論文の査読にしても、特定の統計的手法を使うべきだといいはる統計学者が増えているように思います。その根拠は、この本に書いているから、という内容です。それでは、その本に書いている理論の元となる概念についてよく理解しているかというと、そうではありません。

そもそも、遺伝学に始まる統計学の歴史を見れば、その時々で、解析手法は変化してきています。また統計学の分野では、常に異なった意見を持った科学者たちが激論を交わして来たことが理解できるでしょう。つまり、データが同じであっても、絶対正しい分析方法はありえないことは歴史を見ればわかります。すべての統計的手法にはどこかに問題点があります。しかし、均一な教科書で教えられた大量生産の統計学者達は、どうも教えられた方法のみが正しいと信じているみたいなのです。

確かに、薬効検定にしても論文の査読にしても、複数の統計学者が議論した上で、何らかの結論を出す必要があります。そのため何らかの共通指針が無いと困ることは理解できます。しかし、そのため、統計学が固定的な権威主義に陥るのは困ります。権威主義とは、深く掘り下げた議論を封印して、個人、少数の人、あるいは集団で決めた特定のルールが完全であるようなシステムを作る事です。統計学は実学の部分もあるかもしれませんが、あくまで常に変化をやめないScienceなのです。

これからの日本の統計学教育には、実学としての統計学だけではなく、その歴史、概念の深い意味、他の分野との関連なども教えてほしいものです。さもないと、更に強力な実学である人工知能に圧倒され、急速に衰退する危険性が有ります。決まりきったルールに従うのであれば、人工知能は正しく効率的な答えを出します。しかし、データを分析し本質に迫るという、そもそものデータサイエンスの歴史と概念を掘り下げていけば、統計学者/データサイエンティストは実学のみの人工知能研究者達を凌駕することができるでしょう。


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