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2017年04月11日

第115号 日本は人類遺伝学が極端に弱い

前回はデータサイエンスが、遺伝学の時代、統計学の時代、情報学の時代を経て、今、人工知能の時代に移りつつあると述べました。そして、わが国がこの分野が不得手な理由の一つに、輸入科学のため、4つの時代の間に断絶があることを述べました。しかし、そもそも、わが国はスタート時点から躓いたのではないかと言う可能性を考えます。次の文章を読んでください。

「Japan provides an unusual situation, for medical and human genetics have here been particularly weak, despite highly developed scientific, technological, and medical traditions.」これは、英国の人類遺伝学の大家、Peter S. Harper が2008年に出版した「A short history of medical genetics」の一節にある記述です。「日本は異常である、人類遺伝学と遺伝医学が極端に弱い」と述べています。

しかし人類遺伝学の中でも、モノ、あるいはモノと一対一対応をするデータが対象の場合は日本はむしろ強いと言えます。細胞、染色体、DNA、更には遺伝病、ゲノム配列の研究では日本は強いのです。日本の人類遺伝学者に前述のHarperの記述を紹介しても、何のことかわからず困惑するだけでしょう。怒る人もいそうです。概念の特殊性は、それを理解していないと、「自分がそれをわからないことがわからない」点です。

それでは日本の人類遺伝学が何に弱いかというと、「情報」に弱いのです。Harperは欧米の人類遺伝学者の立場から、情報学を欠いた日本の人類遺伝学を極端に弱いと言っており、日本の人類遺伝学者は情報学が遺伝学の重要な要素であると考えていないのでそうは思っていないのです。「情報に弱い」と言う点は日本社会の過去における失敗に大きく影響し、現在と将来にも暗い影を投げかけています。

戦前の日本軍の戦略を詳細に分析した「失敗の本質(野中郁次郎他、1991年)」を読むと、この日本社会の問題点が危機の時、大きな弱点として現れることが明確にわかります。危機の時代には多くのことが不確実になるからです。この本の中で、戦前の軍隊では重大な決定に若手将校の熱血が大きく作用したことが繰り返し述べられています。不確実性に「論理と数理」ではなく「直感と情緒」で対処する傾向が日本社会には強いと言えます。一方、連合国では暗号理論のチューリング(http://www.tufu.or.jp/bbs/2015/1097.html)、機械制御理論のウィナー、統計学のネイマン(http://www.tufu.or.jp/bbs/2015/1110.html)の寄与が大きかったことは以前述べた通りです。

戦後の日本では稀に見るほどの長く安定した時代の継続が見られました。安定した環境では不確実性が対象とする情報の意義は低下します。従って、これまでの日本では情報の重要性はそれほど大きくはなかったのではないでしょうか。しかし、人口も減り始め、経済は停滞し、アジア諸国に追いつかれ、不確実性が急激に増大している我が国で、情報の意義は急速に大きくなっています。そのような状況の変化により、「情報に弱い」と言う事実が現在の日本に悪影響を及ぼし始めているように見えます。

例えば日本社会はリスクを極端に嫌います。リスクとは不確実性の中でも都合の悪いことが起きる可能性と、その確率をさすと解釈できます。個人は最初から不確実性を受け入れることを拒否しているようにも見えます。会社は国内ではリスクを取ることを嫌いますが、国外の会社買収には積極的です。しかし、その結果は原子力発電の例を見るまでもなく、成功しているとは言い難いようです。「直感と情緒」によるリスクテイクではなく、「論理と数理」によるリスクテイクをしているのでしょうか。個人や会社がリスクを極端に拒否すると、当然のことながら成長は期待できず、縮小を余儀なくされます。しかし、個人や会社がリスクを拒否する代償として、国が大きなリスクを引き受けているようにも見えます。このままでは、国全体に危機が訪れる可能性を否定できません。

日本人社会が不確実性に対処する「情報」の能力を身につけるために最も重要な要素は教育だと思います。それも、付け焼き刃の情報教育や人工知能教育ではなく、思考構造の根本に迫る教育改革を希望したいと考えています。


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