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第113号 人工知能の基本的概念は、愛(AI)に由来する

人工知能がブームになっています。AI(愛)という言葉をしばしば耳にします。社会が愛で満たされるのは良いことです。しかし人工知能が実は何を基本概念としているかをあまりご存じない方が多いようです。そこで、人工知能で用いられている基本概念について解説したいと思います。人工知能の基本概念は、実は「愛」に由来するのです。今回は、人工知能の中でも、最も注目される深層学習を中心に解説します。

人工知能の基本的な概念は、親子の関係に由来します。深層学習の基本概念は「回帰」です(もう一つ、特徴抽出という作業も重要ですが、ここでは詳しく説明しません)。回帰とは生き物における未来予測(過去に起きたことで不明な出来事の予測も含む)の方法です。物の未来予測には回帰は重要ではありません。例えば明日、月が、どの位置にあるかを予測するためには回帰は必要ありません。物理法則と微分積分があれば十分です。その理由は、物は決定論的な法則に従うため多様性に乏しいからです。生き物の未来予測に回帰が必要な理由は多様性にあります。生き物は不確実であり、生物が関わると全てが多様になるため、未来予測のために回帰と言う方法が必要なのです。

最初に回帰を用いたのは19世紀の終わりころに活躍したゴールトンです。彼は親の身長から子供の身長を予測するために回帰という概念を最初に用いました。親子の身長のデータを数多く集め、それを用い、親の身長から子供の身長を予測する式を作ったのです。これが回帰式です。回帰式は、親の身長から子供の身長を予測した時、実際の子供の身長との差ができるだけ小さくなるように調整されます。子供の身長は親の身長に比較して平均に戻る傾向があるとゴールトンは考え「回帰」と名付けたわけです。しかし、実はこれはメンデルの法則を知らなかったゴールトンの勘違いです。勘違いで名付けた回帰と言う言葉が今も用いられています。

それではどのような方法で回帰を行うのでしょう。最尤法と言う方法です。この概念もまた親子の関係に由来します。20世紀の初旬、フィッシャーはハエの親子関係から最尤法を思いついたのです。ハエの中には目や羽にいろいろな多様性を持つ個体がいます。モルガンは20世紀のはじめに再発見されたメンデルの法則を用い、このようないろいろな多様性を持つハエの親子関係からそれを支配する遺伝子の場所を決めました。このような方法を連鎖解析と呼びます。フィッシャーはモルガンのデータを解析する方法として、尤度と言う概念を思いついたのです。この尤度を最大化する方法が最尤法です。ゴールトンは気付かなかったのですが、親の身長から子の身長を予測するためにゴールトンが思いついた回帰は、実はフィッシャーがハエの親子関係の解析のために思いついた最尤法と同じものだったのです。しかし、ゴールトンはメンデルの法則を知りませんでしたが、フィッシャーは知っていたという点が大きく違います。ゴールトンの回帰は親子の表現型だけを対象としましたが、フィッシャーの最尤法は表現型とともに遺伝型(ゲノム)を対象としました。ゴールトンとフィッシャーが親子の関係を解析するために用いた回帰と最尤法は、もともとは親子の表現型の関係を研究者が解析するための手段だったのです。しかし、その手法で表現型を評価するのは研究者だけではありません。実は、生物の生存を決定する環境が表現型を評価する手段もまた回帰と最尤法なのです。つまり、回帰と最尤法は、親が子の生存確率を最大化するための評価方法だと考えられます。

多様性を持つ生き物では、完全な未来予測は困難です。しかし、それでも何とか出来る限り正確な未来予測は可能です。多様性を前提とした未来予測を行ってこそ、生物は個体として生き延びることができるのです。またそのような未来予測に基いたシステムを用いてこそ、親は子の生存確率を最大化できるのです。それが回帰であり最尤法なのです。しかも、予測の元となるデータは多ければ多いほど予測が当たります。それが人工知能の本質です。高等生物は脳で常に未来予測を行なっています(過去に起きたことで不明な出来事の予測も含む)。しかし、その対象はしばしば物ではなく生き物であり、多様なため完全な予測は不可能です。しかし、出来る限り正確な予測を行うために脳を発達させたと思われます。そして、脳において未来予測を行う概念も回帰で、手法は最尤法だと思われます。

現在、人工知能に用いられている概念も基本的にはゴールトンの回帰と同じです。手法もフィッシャーの最尤法です。しかし、膨大なデータと高速計算が可能となったため以前は不可能だった未来予測も可能となりました。回帰式は関数の形を取ります。入力があれば出力を返すというものです。ゴールトンやフィッシャーの時代では回帰式が線形を基本としていました。足し算、引き算、掛け算、割り算です。しかし、深層学習では回帰式は非線形です。非線形だと式が複雑になって大変なのですが、何とかほぼ正しい回帰式を求められるようになってきました。

正しい回帰式を求める過程はネジの調整に例えられます。予測システムのネジを調整して、できるだけ正確な予測が行えるようにするのです。ゴールトンの時代は調整すべきネジはたった二個でした(傾きと切片)。人工知能では百万個ものネジの調整を行います。その為には膨大なデータと超高速の作業が必要です。それを可能にしたのがコンピュータとインターネットなのです。

以上述べた通り、人工知能の基本概念である回帰や最尤法は、最初は、親が子の生存を願う進化のシステムに由来し、それが高等動物において個体の生存を願うための神経システムに反映され、ひいては、ヒトの神経システムが創造した深層学習に反映されていると考えられます。人工知能の基本概念は「愛」に由来するのです。

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