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第65号 新しい産業に対応するための教育(7) 高度なサービス産業に必要な技術

日本社会は多様性を捉えることが不得手である事を述べました。多様性の反対は均一性です。人間は多様ですがモノは均一です。モノが均一な理由は生成過程が「確実な過程」だからです。確実な過程を繰り返すと均一なものができます。人間が多様な理由は生成過程が「不確実な過程」だからです。不確実な過程を繰り返すと多様なものができます。物理法則は確実な過程ですが、メンデルの法則は不確実な過程です。そのため、メンデルの法則に基づいてできた個体が多様なのです。「確実性と均一性」、「不確実性と多様性」はそれぞれ、切っても切れない関係にあります。

「ものづくり(つくり)は日本人のDNA」とはしばしば見かける表現です。製造業が日本人に極めて合っているという考えだと思います。もともと本格的な製造業は西欧から日本にもたらされたので、産業革命の起きたイギリスや、それを引き継いだアメリカもかつては製造業が産業の中心だったはずです。しかし、日本では江戸時代以前にも工業(近代工業ではなくても)が盛んで、日本人が「ものづくり」に親和性が高いという事は納得できます。確かに日本人は周囲の雑音に惑わされず、脇目もふらず作品を仕上げることが得意のようです。またそのような「職人気質」を賞賛する傾向があるのも事実です。

日本人がものづくりに親和性が高い理由は「確実性と均一性」を認識する能力が極めて高く、「不確実性と多様性」を認識する習慣がない、あるいは興味が薄いことに関係していると思います。即ち、「モノ」は認識できるが「情報」を認識する習慣がない、あるいは不得手であることに関係しているというのが私の考えです。その理由は前回述べたとおり、言語に由来するか、あるいは言語に反映されていると考えています。日本民族は他民族に支配されることがほとんど無かったので、思考の根底を変化させる必要がなかったという事も関係しているかもしれません。敵が攻めてくることで命が脅かされる機会が少なかったので、情報を重視する考えが育たなかったのかも知れません。常に敵に注意を払い、情報を収集して対策を練る必要が少なかったのでしょう。それよりも一心に自分の仕事に集中し、他人の評価は気にしない職人気質が尊ばれたのでしょう。

私はこのような日本人のものづくりの精神はすばらしいと思います。これからも受け継いで行くべき性質でしょう。しかし、これから述べる理由により、今後は情報を認識する能力もつけていくべきだと思います。しかもそれは不可能ではなく、教育により可能だと思います。「ものづくりは日本人のDNA」という意味が、それ以外の事を日本人は永遠にできないという意味であれば、私は反対です。もしそういう意味なら、私は、ものづくりは日本人の「DNA」ではなく蛋白質、あるいはせいぜいRNAだと主張したいと思います。DNAであれば一生変化させることは不可能であり、数百年でもほとんど不可能ですが、RNAであれば変化させることは可能です。しかし、そのためにはどこに問題があるのかを正確に把握し、それを認識した上で対策をたてる必要があります。

ものづくりだけではなく、情報認識能力もつけていくべきだと考える理由は、産業構造の変化にあります。これまでは世界でモノが足りない状態が続いて来ました。そのため、一心にモノを作り続けることが大切でした。しかし、コンピュータや製造機械の出現により、モノづくりの生産性は飛躍的に向上しました。モノは先進国ではあふれるようになってきています。これからは顧客の情報や未来の需要の情報を分析し、顧客が本当に必要なモノを作ることが大切になって来ています。つまりモノの開発や販売を「情報」に基づいて行う必要があります。誰もが作れるものは価格競争に巻き込まれ、先進国では作ることが困難になっています。

例えば電子産業でもモノを作ることは今でも重要です。しかし、アップルのように自分ではモノを作らなくてもモノの情報をすべて把握し、それらを統合して顧客の欲する製品を作るという産業が大きくなっています。パソコンやスマートフォンでは今やハードよりソフトウェアが重要になっていると思います。Windows、Android、iOSというソフトウェアを元に多くの人は製品を買っているはずです。3Dプリンターが発達すれば、ますます情報の重要性は増すでしょう。製品の交代速度は急激に速くなり、次の世代で衰退する製品、期待される製品を予測することが重要になるでしょう。そのためには前述の「情報の正しさを判定する技術」「解析により得られる情報」が大切になります。それらを直感や情緒により行うのではなく、論理的、数理的に行うべきです。現在、日本企業が隆盛を誇る自動車産業についても情報の重要性は増しつつあります。自動運転技術、高機能カーナビ、更にはリコールに関する情報についてその兆しが見えています。そのうち、「ハードで自動車を選ぶより、情報処理能力で選ぶ」という時代が来る可能性があります。

商品はモノであっても情報の重要性が極めて高い製品は急速に増加しています。例えば薬を作ることはモノづくりです。しかし、薬という化合物を作ることが製薬の最終目的ではありません。それを病気の人に服用してもらって安全に症状を改善させることが目的です。売っているものはモノでも、実際には有効性と安全性の情報なしには意味はありません。しかし、対象は人間なので「多様性」は不可避です。患者さんによって効いたり効かなかったりします。患者さんによって副作用が出たり出なかったりします。もし、どの患者さんも同じ反応をするはずだと考えている人がいたら、それは人間を均一な「モノ」として見ているのです。日本ではそのような傾向が無いとはいえず、近年の創薬の不振はそこにあると私は考えています。即ち、くすりを作ることは不確実性と多様性を対象とする情報産業、サービス産業と考えるべきだと私は思っています。

次回は、敵の情報と顧客の情報、です。顧客の情報を分析することは敵の情報を分析することと類似しているという説です。

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