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2015年12月08日

第107号 医療で金儲けは良くない

医療は人々の命を守る大切な仕事です。それを金儲けの道具に使うことはもちろん良くないことです。これがほとんどの日本人の考えでしょう。少なくとも日本に関する限り、医師も、医療従事者も、製薬企業も、政府もこのような考えに基づき業務を行ってきたと思います。

しかし、それだけでは解決できない問題が多数出てきました。欧米の企業は薬や遺伝子検査で大儲けをしています。TPPで最も大きな問題の一つとなったバイオ医薬品もその例です。欧米の製薬企業が開発した薬を買うために、日本は多額の税金と保険料を負担しています。それが国家財政赤字と貿易赤字に与える影響は甚大なものです。

例えば、最近、米国のギリアド社の開発した肝炎治療薬は一錠6万円にもなると言います。リウマチのバイオ医薬品は一年続けると140万円の負担になると言われます。その多くは保険料や税金から払われ、一部は個人の財産から払われています。そんな金儲け主義の製薬企業は規制すべきだと言うのはもっともな考えです。しかし、欧米企業を日本政府が規制することはできません。それなら、そんな金儲け主義の企業の薬は輸入禁止にすべきでしょうか。しかし、それもなかなか難しいのです。ギリアドの肝炎治療薬はほぼ100%、肝炎ウイルスを殺すといいます。日本がその薬を輸入禁止にすれば、日本だけに肝炎が残り、他の国からは肝炎が無くなるでしょう。それがわかると国民は激怒し、国や厚労省を非難するでしょう。一年、140万円もするリウマチの薬も輸入禁止にしてはどうでしょう。そうすれば日本のリウマチ患者だけが重症で、寝たきりの患者が増えるのに対し、海外のリウマチ患者は一般人とほとんど変わりない生活を送れるようになるでしょう。それを知った国民は激怒し、国と厚生省を批判するでしょう。

それでは、日本政府として欧米の政府に、それらの国の製薬会社を規制するように要望すれば良いでしょうか。しかし欧米の政府はそれを受け入れないでしょう。例えば米国、英国やスイスにとって、製薬会社は主要な輸出産業であり日本に車産業を規制しろと言うようなものだからです。米国が日本にトヨタの車は半額にして輸出するように要求し日本政府がそれを受け入れれば、トヨタは日本から出て行くでしょう。米国がTPPの最大の争点の一つと考えるバイオ医薬品の特許期間の問題も、米国政府が自国の製薬企業の利益をいかに重視しているかの表れです。対象となる医薬品の多くはリウマチ治療薬ですが、米国にとって医薬品の特許こそが彼らの重要な輸出産業の中心なのです。彼らは、世界のリウマチ患者を幸福にすることは、良い車を提供する以上に価値の有ることだと主張するでしょう。

医薬品が極めて重要な産業である傾向はこれからもますます高まるでしょう。先進国の人口はこれからも高齢化が進み、彼らに最も必要なのはヘルスケアサービスであり、若年層の多い発展途上国が必要とするような電器製品や移動手段ではないからです。しかも製造業は、これからはコンピュータやロボットにより、ますます効率的運営が可能になり、雇用の多くを支えることはできなくなるでしょう。

我が国も今、このことをよく理解し、産業全体の構造改革を計画すべきでしょう。具体的には医薬品の輸入販売業も必要ですが、それよりも我国発で世界へ販売できる医薬品の開発に力を入れるべきでしょう。我が国から世界に通用する新薬の開発に貢献した研究者、製薬会社、臨床従事者をもっと評価すべきでしょう。そのためには、日本の創薬のための意識と体制を大変革する必要があると思います。日本社会の特徴として、新薬開発についても、モノである化合物に注意や価値が集中しがちです。しかし、新薬開発には化合物(合成または発見)、基礎研究、臨床開発の少なくとも3つが重要なのです。それぞれの過程を正しく評価できないと創薬は成功しません。そして創薬のキーポイントは既に化合物から「科学的目利き」に移りつつあるというのが私の考えです。即ち、初期の段階から、承認に至る成功率を科学的に(カンではなく)正しく予測できる力こそ、創薬の成功の鍵を握っているのです。

4Kテレビの開発も、燃料電池自動車の開発もすばらしい事ですが、世界から肝炎を根絶することも世界中のリウマチ患者の多くを痛みと寝たきりから開放することもそれに劣らず重要な事なのです。しかし日本社会が、他の先進国と同じようにそのような自覚を持っているかどうかが心配です。


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