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2015年08月10日

第102号 遺伝子治療

今から25年ほど前、遺伝子治療が脚光を浴びた時期がありました。いくつかの成功例も出ました。しかし、現在ではその熱気が続いているとは言えません。確かに今でも遺伝子治療の試みは行われていますが研究段階であり、大きな期待を集めているとは言えません。その理由は大きな問題点が見つかったからです。このように、新たな医療行為については、最初脚光を浴びても大きな問題点で頓挫する場合も少なからずあります。しかし、現実にヒトに対して行われた医療行為の結果は貴重なデータです。今では詳細を知らない人も多いと思うので、当時関係した者として概要を説明したいと思います。遺伝子治療の対象は大きく分けて遺伝病と悪性腫瘍がありますが、紙面の関係で遺伝病に絞って説明します。

メンデルの予測した遺伝子の実態がDNAであることは1952年のワトソン・クリックの二重螺旋モデルで明らかになりましたが、ヒトのDNAを取り出し、操作し、細胞内に導入できるようになったのは1980年代になってからです。そこで、遺伝病や癌に遺伝子を導入し治療するという発想が自然に出てきたわけです。

しかし、生命の本質とも言える遺伝子を導入することに対し、欧米では宗教界も巻き込み大きな社会問題が起きました。しかし、日本では社会問題は全くと言っていいほど起きませんでした。この違いの理由が当時も話題となりました。結局、日本社会は遺伝学には興味が薄く、世代を超えて伝わる情報の重要性が理解し難いためと考えられました。最近でも海外の研究者に「日本は人類遺伝学と遺伝医学が極端に弱い」と指摘されている事実と同じ原因によると考えられます。それでも日本も欧米に習い遺伝子治療に関するガイドラインを発表しています。

欧米では、人工的に遺伝子を変え、生命に影響を与える事に対する社会の抵抗が極めて強かったのです。この問題は、遺伝子治療を二つに分けることで解決しました。それは、germline(生殖細胞系列)遺伝子治療とsomatic cell(体細胞)遺伝子治療です。そして前者は許可せず、後者のみを許可することで社会や宗教界の反発は一気に解消しました。

ところが、日本では遺伝子治療の倫理的問題はほとんど社会の関心を呼びませんでした。また「germline」に相当する日本語もありませんでした。当初、これを「生殖細胞」と訳していたのでそれは違うと思い私は反対しました。そこで「生殖細胞系列」ということばが用いられるようになったのです。Germlineの用語はゲノムや遺伝子の情報が「変化」するときに必要になります。従って、「mutation(変異)」や「遺伝子治療」の時に問題となるのです。その変化が世代を超えて伝えられる場合をgermlineと呼び、somaticと区別します。体細胞に蓄積された情報が次の世代に伝わるかどうかは、ラマルクによる獲得形質遺伝説の可否に関係する重大な論点ですが、今のところ伝わるという証拠は存在しません。

どのような細胞のゲノムに変化が起きた時に次世代に伝わるかを考えると、それは生殖細胞だけではないことがわかります。生殖細胞である精子と卵(配偶子)の他、受精卵、受精卵から生殖細胞にも体細胞にもなれる細胞まで、および生殖細胞にしかなれない細胞にゲノム変化が起きた場合次の世代に伝わることになります。これらの細胞のゲノムに変化が起きた場合、あるいは治療により変化させた場合をgermline mutationあるいはgermline gene therapyと言います。体細胞にしかなれない細胞のゲノムが変化した場合はsomatic cell mutation、somatic cell gene therapyということになります。

このゲノムの変化の時期による結果は複雑で、詳しくは4種類に分かれます。受精卵以降で生殖細胞にも体細胞にもなれる細胞の時にゲノム変化が起きると、germlineモザイクと体細胞モザイクの両方が生じます。生殖細胞にしかなれない細胞でゲノム変化が起きるとgermlineモザイクのみが生じます。体細胞にしかなれない細胞でゲノム変化が起きると体細胞モザイクのみが生じます。体外の配偶子か受精卵にゲノム変化が起きるとどのモザイクも生じません。この4つの分類のうち体細胞にしかなれない細胞にゲノム変化が起きた時のみsomatic mutation, somatic gene therapyということになり、他はすべてgermline mutation、germline gene therapyです。

このような議論を経てgermline(生殖細胞系列)という概念の重要性が欧米の研究者の間で理解されましたが、日本の学界では未だに定着していないようです。日本の社会ではこのような概念が確立しにくいようなのです。その原因は、モノとデータはわかるが情報がわかりにくいという日本社会の特徴によるものだと思います。

このようにして、体細胞遺伝子治療が許可されたのですが、最初にターゲットになった遺伝病はADA欠損症です。症状は先天性の重症免疫不全症です。その後、ADA欠損症以外の遺伝的重症免疫不全症、例えばX連鎖重症複合性免疫不全症がターゲットになりました。患者から末梢血リンパ球、あるいは骨髄細胞を採取し、それにレトロウイルスをベクターとしたADA遺伝子を導入し、患者に戻すという治療です。そして、治療効果は確かにあることが証明されました。それまで無菌室での生活を余儀なくされていた幼児が外出もできるようになったのですから画期的とも言っていいでしょう。

遺伝子治療は今後、大発展を遂げると考えられました。世界の医学会と社会が期待をしていました。次のターゲットは遺伝的OTC欠損症です。患者の肝臓細胞を取り出し、アデノウイルスをベクターとして正常OTC遺伝子を導入し、患者に戻すという遺伝子治療が行われました。ところが、この患者が急死するという不幸な出来事が起きました。このことはその後の遺伝子治療に暗い影を投げ落としました。原因は不明ですが、移植した細胞が全身に広がり、免疫反応を引き起こしたようなのです。更に問題となったのは、この遺伝子治療の治験が新薬の治験のような厳密な規制に基づいたものでは無かったことです。当時、遺伝子治療に対する社会の期待は極めて大きく、被検者のリスクを回避するための注意と手続きが多少簡略化されていた可能性は否定できません。研究者たちは患者さんの幸福のため、すばらしい治療行為を出来る限り早く届けたいと、極めて強い熱意を持っていたのでしょう。しかし、不幸な結果の責任は、熱意によって軽減されることはありませんでした。患者の急死後、この遺伝子治療にかかわっていたペンシルバニア大学の関係者たちは激しい批判にさらされ、その後の研究生活ができなくなりました。

極めて大きな成功を収めていると見えた重症免疫不全症の遺伝子治療にも、治療後数年かかって問題が生じてきました。白血病が多発したのです。以前から遺伝子を患者細胞に導入すると発癌の可能性があるとは予測されていましたが、このように明確な結果が出たことはその後の遺伝子治療の発展を大きく妨げたと言えます。現在でも遺伝子治療の臨床研究は行われていますが、以前の熱気は見られません。

遺伝子治療は欧米で大きな期待、批判、落胆の対象となりましたが、日本ではあまり知られていません。それは、DNAの、「情報」としての意義にあまり注意を向けない日本社会の特徴によるものだと思います。遺伝子治療を過去の医療と言う人もいますが、今後の新規医療を考える上で参考になると思い、当時を知る者として紹介しました。


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