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2015年05月22日

第99号 言語と心

日本語に「単数と複数が無い」「定冠詞と不定冠詞が無い」「可算名詞と不可算名詞がない」などの特徴が日本人の認知と行動に大きな影響を与えている可能性についてこれまで解説してきました。

 

これについて、最近興味深い論文が発表されました。

「二つの言語、二つの心: 行動に関する言語により影響される柔軟な認知の処理」

Panos Athanasopoulos

Two Languages, Two Minds: Flexible Cognitive Processing Driven by Language of Operation

Psychological Science April

 

http://pss.sagepub.com/content/26/4/518

 

ドイツ語と英語の表現には明確な違いがあるそうです。英語には現在進行形があることに代表されるように、行動そのものに記述を集中させる傾向があり、ドイツ語には現在進行形が存在しないことに代表されるように、行動そのものより行動の目的を含んだ全体を記述する傾向があるそうです。

そこで、完全に両国語を操る人々に動画を見せることで、その認識を比較したそうです。動画は例えば、人が車に向かって歩いて行くものです。その結果、英語で考えるときは行動そのものに重点を置き、ドイツ語で考えるときは目的を含んだ行動を認識する傾向があったそうです。つまり、使用する言語が認知、更には行動に影響を与えることを示唆したものです。また、同一人物であってもその時話す言語により柔軟に認知傾向は切り替わるようです。言語が人の認知や行動に大きな影響を及ぼす事は驚きですが、私は、それはもっともだと思います。

これはドイツと英国の思考傾向に大きな影響を与えているように思えます。ドイツ人は目的をはっきりさせた上で行動する傾向があり、英国人は目的が不確実な場合にも行動する傾向があるのではないでしょうか。例えばドイツ医学と英国医学の違いです。ドイツ医学は形態、化合物、細菌のように対象物を明確にすることを好むのに比較して、英国医学はデータや情報のように、対象物が明確ではない場合にも統計の結果に基づいて行動する傾向があるように思います。

この違いはドイツと、英国、米国の産業の違いにも大きく影響を与えているようにも見えます。即ち、ドイツでは車などの製造業が盛んですが、英国、米国では製薬やIT産業が盛んです。化学が得意なドイツには以前は大きな製薬会社があったのですが、今ではベーリンガー、バイエルなど数えるほどに成っています。

また、英国は世界で初めて産業革命を起こした国ですが、現在、その成果を、より享受しているのはドイツのように見えます。革命的なイノベーションにはある程度、現在の価値観を逸脱した思考が必要とされます。新たな産業を生み出すためには、目的が明確ではない状況で行動する必要があるのではないでしょうか。しかし、目的が定まっている場合、それを確実に達成するためにはドイツ語的思考の方が有利である可能性があります。

日本語には、「何々しつつある」という現在進行形に相当する表現があります。しかし、最初に述べたとおり、英語、ドイツ語と大きく異なるのは名詞です。名詞は基本的対象物の認知に関わるものです。現在進行形のように動詞に関する言語間の違いとは異なった影響があるのではないでしょうか。

私は、日本語と英語と名詞の違いが思考に影響している可能性と、逆に元々の日本人の思考、あるいは日本社会の特性が日本語に反映している可能性があると考えていましたが、今回の論文を読むと、同じ人物でも英語で考える時とドイツ語で考えるときで認知が切り替わるようです。少なくとも一部は、日本語の名詞の使われ方が日本人の認知に影響を与える事で説明できるかもしれません。そうすると、英語で考えることで統計学の習得が用意になる可能性があるでしょう。少なくとも、私の経験では断然そうでした。日本語の統計の教科書は数式が多いですが、英語の統計の教科書には文章の部分が多いのです。日本語と英語の統計の教科書を比較すると、英語の教科書では定冠詞と不定冠詞、単数と複数、可算名詞と不可算名詞の区別が非常に重要であることがわかります。


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