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2014年09月18日

第85号 がんゲノム研究の現場と大局(4)

今、ボールが有るところを知ることは比較的容易です。しかし、次にボールが来る場所はどうすればわかるのでしょう。

私は待ち伏せ主義者には3つの心得が必要だと考えています。

第一に、歴史を学び、大局から見ることです。医学生物学には歴史があります。もちろん顕微鏡が発明された、分子が見つかったというのも大きな歴史ですが、そのように目に見え、誰でもわかる対象ではなく、考え方の歴史を知ることが大事なのです。

生物についての考え方といえば、まずダーウィンの進化論です。続いてメンデルの法則でしょう。これらは誰でも知っていますが、総合説(Modern synthesis)を知っているでしょうか。また、メンデルの法則の前にあり、それと激しく敵対して次第に衰退していった生物計測学(Biometrics)をご存知でしょうか。

BiometricsとはGaltonやPearsonにより創始された科学分野です。彼らは生物集団の中の個体のありとあらゆる計測を行い、それを数学的に説明しようとしました。例えば、Galtonは親と子の身長のデータを多数集め、それを回帰(regression)という数学的手法で解析しました。また、Pearsonは個人の身長と体重の関係を相関係数という変数で説明し、カイ二乗検定を創始し、関係の証明を行いました。そうです、彼らこそ統計学(statistics)の創始者たちです。しかし、彼らは1900年、大きな衝撃に遭遇します。メンデルの法則の再発見です。これによりメンデル学派(Mendel’s school)という大きな敵が出現し、生物計測学派(biometric school)はそれとの激しい戦いを強いられることになります。論争の第一の焦点はもちろんメンデルの法則の真偽です。生物計測学派は独自の遺伝法則を発表しており、それらは一見、メンデルの法則と対立するものだったのです。

生物計測学派に決定的な打撃を与えた学者はRA Fisherです。彼は最初Pearsonと親密になりますが、ある論文をきっかけに互いに一生を通じての仇敵となります。Fisherがメンデルの法則の数学的構築を開始したからです。彼はvarianceという概念を導入し、家族構成員の間の相関係数、線形モデル、量的形質と質的形質の関連を説明する閾値モデルなどを次々に発表します。そして生物計測学派の主張に反し、量的形質もメンデルの法則で説明できることを証明します。また、モルガンのショウジョウバエの遺伝的データを解析するために尤度(likelihood)という重要な概念を提案し、連鎖解析という手法を発明します。彼は次に集団、種、進化を統合するための集団遺伝学に取り組み、その大枠を数学的に説明します。

メンデルの法則に連鎖、変異(mutation)などの知見を加え、それとダーウィンの進化論を統合する考えが総合説(modern synthesis)です。1950年頃成立したこの考えにはFisherによる数学的概念構築が大きな影響を与えています。つまり、

個体、家系、の統合がメンデルの法則でなされ、種、進化の統合がダーウィンによりなされていたのですが、Fisherは数学的方法により、

個体、家系、集団、種、進化

の統合を行うことに成功したのです。これこそ総合説の本質だと思います。総合説の成立以降、生物学の本質的考えは変化していません。これ以降のすべての科学者も一般の人々も、認識するかしないかにかかわらず、この総合説を前提に研究を、仕事を、生活を行っているのです。

個体、家系、集団、種、進化の隣り合った2つの項目の関係は、集合と要素の関係であることに気づいたでしょうか。そして、個々の集合は不確実性を持ち、そのため確率という概念で解釈する必要があるのです。そのため病気も発生し予防や治療が必要になります。

そして今、我々は上記の5つの項目を横断するゲノム配列という基本的データを得ることができるようになりました。これからありとあらゆる個体や生物のゲノム配列情報が得られるようになるでしょう。これで、これまで医学生物学的研究の基本的方向性であった還元主義(対象物を分解することで本質を知る)は一応の決着を見、方向は大逆転するでしょう。ボールの次に来る場所はここだと思います。つまりゲノム配列を基軸とした統合です。

個体、家系、集団、種、進化の統合は総合説によりなされています。しかし、もうひとつの方向として、個体、体細胞、がん、があります。こちらの統合はこれからです。

下記のチャートの全統合がこれからのテーマになると思います。

 


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