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2014年09月11日

第82号 がんゲノム研究の現場と大局(1)

8月25日開催された文科省補助金による「システム的統合理解に基づくがんの先端的診断、治療、予防法の開発」(システムがん)の班会議(班長:宮野東大教授)の冒頭で諮問委員として発言させていただいた内容を、どこかにまとめてほしいという要望がありましたので、以下にシリーズでまとめます。

 

以下、発表内容

もちろん、全てのことに現場が大切です。しかし、多くの人々が現場に集中することに問題はないものの、全員がそれではいけません。誰かが大局に立って物事を判断し展望を描く必要があります。日本の問題点は、この大局に立てる人材が不足していることです。

海外から日本を見ると、「子供のサッカー」を見ているようだと言います。ボールの周りに皆が群がっているようだと言うのです。大局に立てる人は、今ボールがあるところではなく、次にボールが来るところで待てる人です。私はこれを「待ち伏せ主義」と言っています。

研究においても同じことが言えるのではないでしょうか。がんゲノム研究における最大の待ち伏せ論文は、Knudsonによる1971年のtwo hit theoryの論文です。彼は何の実験をしたわけでもありません。50数人の網膜芽細胞腫の患者データを集め、次の事を確認しました。網膜芽細胞腫には家族性のものと弧発性のものがありますが、両眼に起きるのは家族性の場合だけです。一眼に複数個の腫瘍が起きるのも家族性の場合だけです。家族性の場合の方が腫瘍の発現が早い傾向にあります。彼はそれを根拠に、常染色体にがんに関係する座位があることを予言します。そして、常染色体性劣性遺伝病のモデルを細胞に当てはめ、家族性網膜芽細胞腫の場合は生殖細胞系列と体細胞変異のtwo hit、弧発性の場合は2つの体細胞変異のtwo hitと仮定しました。

この論文を見て私はがんの酵素欠損をすぐ考えました。当時わかっていた多くの遺伝病が酵素欠損症だったからです。常染色体性劣性遺伝病の代表格は酵素欠損症です。そこでがん細胞の酵素欠損症を探しました。そこで見つけたのがmethylthioadenosine (MTA) phosphorylase欠損がんです(1980年)。今ではこの酵素はMTAPと呼ばれています。人のがん細胞株の23%がMTAP完全欠損です(1981年)。細胞株ではなく体内のがん細胞では、我々が白血病で見つけたものが最初です(1982年)。その後、脳膠腫の75%、非小細胞肺癌の31%にMTAP欠損が見られることが発表されています。

MTAはポリアミン合成で大量に産生される物質です。MTAPによりアデニンとメチオニンの前駆物質に分解されます。人間の体内ではMTAPがアデニンを産生する唯一の経路です。MTAPが欠損すると細胞内にMTAが蓄積し、ポリアミン濃度を高め細胞増殖を亢進させ、これががんの増殖に有利な性質を与えていると考えられます。

MTAP遺伝子は1994年にクローニングされ、実際にMTAP欠損がんではこの遺伝子に欠失やメチル化の異常があり、そのためにMTAP酵素が完全に欠損していることがわかりました。しかし、我々の主張したMTAP欠損とがんの関係が最終的に証明されたのは2012年です。我々の発表したMTAP欠損は、がんのレベルですが、生殖細胞系列(germline)の変異が見つかり、それが特殊な骨のがんの原因であることがわかったのです。

その後、GWASによってもMTAPがメラノーマと乳癌に関係していることがわかっています。このように、遺伝病、多因子病、がん細胞(体細胞)、の3つの証拠がそろって初めて、MTAP遺伝子の意味が統合的に理解できるようになったのではないでしょうか。

医学生物学における真実の証明を短期に求める風潮には疑問を持っています。

(続く)次はMTAP欠損がんの個別化医療についてです。


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