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2014年07月22日

第76号 新しい産業に対応するための教育(15)日本人は新薬開発が不得意か?

最近になって日本の製薬大手の内部で大きな変革が起きています。新薬開発のトップを外国人に委ねるという動きです。日本人がトップでは新薬開発ができないというのでしょうか。もしそうだとしたら、非常に残念なことです。

日本の製薬会社による新薬開発の不振は1990年頃から起きています。1990年頃までは日本の製薬大手の開発した新薬が日本市場を席巻していたのです。抗癌剤も、脳代謝改善剤も日本の製薬会社の薬が最も多く使われていました。

何が原因で1990年頃から状況が変わったのでしょうか。それは明らかにGCP(Good clinical practice)の導入です。これは米国のFDA(医薬品食品機構)が主導した新薬承認のグローバル化の象徴となるガイドラインです。それまで各国独自に行っていた新薬承認を、国際ルールで行おうという趣旨でできたルールです。その途端に、日本の製薬会社から新薬が出にくくなったのです。既に日本で認可されていた薬も新ルールによる再評価で認可取り消しになる例も相次ぎました。

GCPの骨子は、人間に投与したデータの重視、被験者の人権の尊重、情報の公開、客観的な統計手法の導入などです。実はこれらは伝統的に日本社会が不得意な分野です。日本の製薬会社の得意分野は有機化学、分子生物学、動物実験です。人間に関するデータや情報、更には統計はあまり得意ではありませんでした。そのため欧米の製薬会社に大きく水をあけられる結果になったのです。

それでは、このグローバル化のルールに反対すれば良かったのでしょうか。GCPが導入された原因として、サリドマイドやエイズのように重要な副作用を防止するという目的がありました。薬が多くの人に幸福をもたらすとしても、一部で大きな不幸をもたらすことも有るのです。この不確実性を克服するには製薬会社が情報を透明にし、客観的評価を可能にすることが重要だったのです。その目的に反対することは困難だったと思います。

私は日本の製薬会社の新薬開発分野での不振は、製薬会社の責任だけではないと考えています。日本社会がGCPのような趣旨に対応していないのです。例えば、人間は多様なので薬の宿命として効く人と効かない人がでます。副作用についても100%の安全性は不可能です。しかし、モノやデータを重視し、情報の認識が不得意な社会では、そのような不確実性を認めることが難しいのです。私が取材されたマスメディアの人で「すべての患者に効果がない薬なら無い方が良い」と言った人がいます。「少しでも副作用がある薬は認可すべきでない」という考えもありそうです。そのように人間の均一性を前提とする不可能なことを要求されれば、薬を全部止めるか、あるいは情報を隠す、あるいは改ざんするしか方法は無いでしょう。日本社会の得意とする「確実性と均一性」が新薬開発を妨げていると思います。

私は、このGCPと非常に似たことが近い将来起きうると考えています。一つは健康食品、もう一つは遺伝子検査です。

第一に健康食品です。先進国では医療費が高騰し、国家財政を脅かすまでになっています。本当に予防効果の有る健康食品を多くの人が自費で購入し摂取し、それで疾患を予防できれば極めて望ましい形になるはずです。米国では国民が口から摂取するものを、法律により食品、食品サプリメント(DS: dietary supplement)、薬に分類しています。DSは科学的根拠(エビデンス)があれば効能を表示することができ、規制をする法律もできています。日本は食品と薬に分類し、健康食品はグレーゾーンとなっています。正直言って、エビデンスというよりイメージで売っているという印象が強いと思います。これは、実はGCPが施行される前の日本の医薬品とかなり似ている状況です。統計やエビデンスが理解されにくい社会では、イメージや主観が最優先になりがちなのです。

今、TPPで米国は日本の健康食品市場に米国と同じルールを持ち込むように要求しているとうわさされています。また、日本も来年度から健康食品の効能を表示することが審議会の答申に基づいて可能になるという報道もなされています。しかし、ここでもまたエビデンスが問題になってきます。不確実性と多様性に対する意思決定をイメージや主観ではなくエビデンスで行うことを日本社会が容認できるかが問題なのです。例えば多くの人々が血液型と性格の関連を信じているような社会は、イメージや主観が最優先される社会と言えます。TPPにより欧米のルールがそのまま導入されると欧米の食品サプリメントが日本社会を席巻する可能性があります。しかし、最近ではビタミンやミネラルなどは臨床統計的に有効性が無く、害になりかねないという論文も出ています。統計学に基づいた正しい判断ができる人々を増やす必要があります。

もう一つの、遺伝子検査について説明しましょう。数年前まで米国でも民間遺伝子検査は野放し状態だったのですが、FDAは各会社に手紙を送り、最後に残った23andMe(Googleの関連会社)による民間の遺伝子検査を中止させました。中国も、それを見て国内の民間遺伝子検査を禁止しているようです。日本だけがエビデンスが不確実なまま、さまざまな民間遺伝子検査が行われています。遺伝子検査の場合、問題となる対象はDNA(モノ)、ゲノム配列(データ)、そしてゲノム配列と表現型の関連(情報)です。この情報を科学的に捉える力が日本社会では弱いのです。

私は近い将来、FDAが主導して遺伝子検査の国際ルールを発表すると見ています。その中にはかなり難解な遺伝統計学の論理が含まれているはずです。GCPにも当時は難解な統計理論が含まれていたことと類似しています。その時、日本の当局と遺伝子解析に関する会社が対応できるか心配なのです。今でも日本の医療の最新の遺伝子検査の多くは欧米でなされています。民間の遺伝子検査まで欧米に占領されかねないのです。

以上のように、ヘルスケアに関する産業で日本は劣勢に立っています。しかし、私は日本が追いつき追い越すことは可能だと考えています。問題は、モノや資金の不足ではなく「概念の取得」であるからです。概念はそれを理解する前はこんなに難しい物は無いのですが、一旦理解するとこんな容易なことはありません。なぜ、こんなに簡単なことがわからなかったのかと思うのが常です。日本人には当然、それを理解する能力があります。やはり最重要なポイントは教育です。

確率の概念の教育については、私は公理的確率論(axiomatic probability theory)を日本語と英語を対比して教えることを提唱しています。その場合に、メンデルの法則を例として用いることを提唱しています。

また中等教育の数学教育については、到達目標を微分積分学から確率統計学に変更することを提唱します。製造業中心の産業構造がサービス産業へ移るに応じた当然の変更だと考えています。

更に、新薬開発の具体的方法として、自分自身の経験に基づいて、私は人間の遺伝子と疾患などの表現型の関連に基いてターゲット分子を決めることを提唱しています。これが人間における有効性と安全性を予測するために最も信頼できる方法だからです。


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