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2014年05月21日

第72号 新しい産業に対応するための教育(12)確率統計学を中等教育数学の到達目標に

前回はメンデルの法則(分離の法則)のように標本空間が離散で有限の場合について述べました。両親からどのアレルが子に送られるかという可能性を考えると、すべての可能性の数は限られているので有限の標本空間になるのです。標本空間の要素である、それぞれの結果には0, 1, 2などの有限個の実数を対応させることが出来ました。この場合、公理的確率論は非常に理解しやすいのです。しかし、標本空間が連続、あるいは無限になると極めて困難な問題が多数生じます。まず離散で有限の標本空間の理解から始めて、その上で、連続で無限の標本空間の理解に移ることを薦めます。

連続で無限と言いましたが、無限にも大きく2 種類あって、自然数、整数や有理数のように数えられる場合(連続ではない)と、実数のように数えられない場合(連続)があります。連続では無い場合には隙間がありますが、連続の場合は、べたっとして隙間がありません。ここでは後者の実数の場合を考えましょう。

例えば標本空間が身長のような場合を考えましょう。ある両親の次に生まれる子が成人した時、可能なすべての身長の集合を標本空間と定義します。身長は cmの単位にすると有限ですが、 mm、マイクロメートル、それ以下の単位で考えると無限です。ここでは子の身長は実数のように無限で連続と考えましょう。例えば163 cmから164 cmの間に連続して無限の身長がありうるのです。

標本空間の大きさが有限の場合は出来事を定義するのも容易でした。出来事は標本空間の部分集合であり、結果の集合でした。結果がN個有れば全ての出来事の数は2N個です。一つの結果が含まれるか含まれないかで部分集合は異なります。結果の数がN個なので出来事の数は2N個になるのです。しかし、無限の場合は容易ではありません。Nが無限なので、部分集合の数は2のような単純な考え方は破綻します。第一、標本空間の全ての部分集合という考えも危ないのです。連続の場合、すべての部分集合を考えると数学でも取り扱い困難です。そこで、点や区間だけを出来事と考えます。例えば178.3 cmというのは一つの出来事です。168.3 cm以上、178 cm以下というのも一つの出来事です。172 cm未満も出来事で、189 cmを超える区間も出来事です。このような出来事の併合も出来事です。この場合、併合の対象となる出来事の数は無限個あっても良いことにします。また、それぞれの出来事以外というのも出来事です。すべての実数というのも出来事で、これは標本空間そのものです。子の身長が3 kmというのはありえないことですが、ここでは標本空間の中に入れて、子の身長が3 km以上4 km以下の確率をほぼ0とすれば良いのです。このような出来事をボレル集合といいます。無限で連続の標本空間の場合、出来事をボレル集合にすることにより取り扱いが比較的容易になります。そして、すべてのボレル集合に0から1までの実数が決まるような関数を考えます。この関数は特定の性質を保つ必要があります。つまり確率に特徴的な性質です。まず、標本空間(確実な出来事)の確率は1です。次に、確率は負ではありません。また、出来事が互いに排他であれば、併合した出来事の確率は、それぞれの出来事の確率の和です。これは有限の標本空間の場合も出てきた条件ですが、今度は出来事の数が無限であってもなりたつ、という性質です。これが、標本空間が連続な場合の確率関数です。

以上が「確率」の定義です。このように確率を定義して始めて、さまざまな複雑な場合に応用できるようになります。近年における統計学を始め、さまざまな不確実性と多様性を取り扱う分野で、公理的確率論の果たした役割は測り知れません。それは確実性と均一性を取り扱う分野での微分積分学の役割にも相当します。日本ではむしろ、確率の定義はさておいて、各種分布など数学的な様々なモデルを教えることを優先していないでしょうか。そして、現実世界のデータをそれぞれのモデルに当てはめてみて、よく当てはまるモデルを選択する(モデル選択)という手法を取ることが多いように見えます。現実世界の対象物から標本空間を定義し、可測空間、確率空間を考えていくという手法を取ることは少ないように思います。それが論理や数理より、直感と情緒により、不確実性と多様性を特徴とする現実世界を認識するという、社会的傾向の原因になっているのではないでしょうか。

17世紀にニュートンとライプニッツにより考案された微分積分学は18世紀の産業革命に大きな貢献をしました。もちろん最初の貢献はニュートンの創始したニュートン力学においてです。その後のモノづくりとしての工業を支えて来たのも微分積分学です。シュレディンガーの波動理論も、マックスウェルの電磁気学も、カルノーに始まる熱力学も、アインシュタインの相対性理論も微分積分学なしには考えられません。これからも、モノを対象とした科学において、微分積分学が重要な役割を果たさない分野は少ないでしょう。それを考えれば、世界中で中等教育の数学において、微分積分学が到達目標に設定されているのはもっともなことです。

しかし、これからの先進国の産業はモノを対象とした科学だけでは不十分です。実際に、多くの人々が人間を対象とした仕事に就くことでしょう。モノづくりではあっても、世界の各地域の人々がどのようなモノを欲しがるのかという情報に基づくものが重要になるでしょう。モノは確実で均一ですが、人間は不確実で多様です。不確実で多様な対象を分析するためには、微分積分学だけでは不十分です。確率統計学の知識と技術が不可欠です。公理的確率論はその中心を占める考え方です。

私は中等教育の到達目標を微分積分学から確率統計学に移すべきだと考えています。もちろん、微分積分学は必要ですが、それだけでは不十分なのです。それにより、日本のサービス産業は大きな飛躍を遂げると考えています。


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