HOME » 理事長通信 » 2014年 » 第67号 新しい産業に対応するための教育(9)日本の科学、教育における不確実性と多様性の概念の不足

2014年04月28日

第67号 新しい産業に対応するための教育(9)日本の科学、教育における不確実性と多様性の概念の不足

日本社会は「確実性と均一性」に偏っていて、「不確実性と多様性」の概念を受け入れる傾向に欠けているという私の意見に納得しない人もいるかも知れません。モノを認識することは得意だが情報を認識することが不得意だと言う説にも同意されないかもしれません。

これらの問題は概念の理解に関する問題です。概念の難しさは、それを理解しないと、自分が理解していないことさえわからないことにあります。何だか荒唐無稽なことを言っていると思ってしまうのです。従って、自分が理解できない概念を用いた情報に接すると「反発、無視」などの反応を示すことが多いのです。これが、新しい「モノ」であれば、それについての知識が全く無くても目に入ってきます。「モノ」は認識しやすいのです。これに比較して「情報」は認識することが容易ではありません。ここに、日本社会で情報の重要性を理解してもらうことの難しさがあります。

不確実性と多様性の重要性を理解してもらうには、教育が最も重要だと考えています。人々の概念形成に与える教育の影響はとても大きいからです。そして教育には日本の科学界が大きな影響を与えています。今回は、日本の科学と教育の世界で不確実性と多様性の概念が理解されているかを見てみたいと思います。

「genetics」の世界では、不確実性と多様性が抜け落ちる傾向が基本的概念の部分で見られることは前述しました。即ち「genetics」とは「遺伝(heredity)と多様性(variation)」の科学と世界的に定義されているのに、日本語では「遺伝学」と訳されており、実際に「遺伝の科学」と解される傾向があります。つまり多様性の概念が抜け落ちているのです。それもあり、英国の人類遺伝学者に「日本は人類遺伝学と遺伝医学が極端に弱い」と失礼な文章を書かれています。詳細はここでは述べませんが、遺伝学の他の用語の日本語訳にも大きな問題があります。多くの場合、本来「情報」を対象とした概念なのに、日本語では「モノ」を対象とした概念に誤って訳されていることが多いのです。日本人類遺伝学会は最近、訳語の改定を行いました。また、日本の人類遺伝学会は非常に小さいのですが、米国の人類遺伝学会は巨大です。日本では生化学会と分子生物学会が非常に盛んですが、米国は「生化学会と分子生物学会」が一緒になっています。米国は遺伝医学会が大きくなってきましたが、日本ではそのような学会はありません。これらはすべて、モノは分かるが情報が分かりにくいと言う、日本社会の特徴が科学界に反映されている結果と考えられます。

遺伝学の世界だけではなく、同様に不確実性と多様性を対象とする統計学や確率論の世界でも、そもそもの訳語に問題があります。この分野では「確率」の概念は最も重要な概念の一つです。しかし、初期に確率論、統計学を日本に紹介した研究者はこの概念を十分把握していなかったと私は思います。「stochastic process」あるいは「random process」は「確率過程」としばしば訳されます。しかし、確率とは関数であり測度です。不確実性のプロセスが「確率」ではありません。この部分に確率の概念を使うことは誤りだと思います。また、確率と並んで重要な概念「random variable」についても訳に誤りが見られると思います。日本の多くの教科書には「確率変数」と訳され、記載されています。これは、おそらく初期の研究者が結果の不確実性と「確率(probability)」を混同していたためでしょう。結果が不確実であるという性質と、その不確実性を前提にして出来事の起こりやすさや確からしさを実数で示す「確率」の概念を混同していたのだと思います。

以上のように、「不確実性と多様性」を対象とする科学である「遺伝学」「統計学」「確率論」などの重要な用語の訳に大きな問題があることは教育や研究に悪影響を与えています。これでは生徒、学生、若い研究者は「不確実性と多様性」の概念を正しく捉えることはできず、「情報」の重要性を理解できないでしょう。これらの分野の専門家に聞くと、「いや、これらは用語なので、本当の意味を、使う人がわかっていれば良い」と答えます。しかし、その問題点を正しく把握していれば、科学界は放置すべきではないと思います。先人の批判は控えると言う傾向に問題があるのかも知れません。一刻も早く概念と合致した訳語に改めるべきです。

科学と教育の役割は、もちろん産業育成のためだけではありません。国民に豊かで文化的な生活を送ってもらう事が大きな目標の一つでもあります。しかし、ほとんどの人々は教育をもとに何らかの仕事に従事し、産業に貢献することにより生活を維持しています。産業の内容が大きく変わる時には科学や教育の内容を見直す必要があります。

これまでの日本の科学や教育は製造業のために最適化されています。今こそ「モノ」だけではなく、「情報」も捉えることの出来る日本人を作るための教育に切り替えるべきです。

次は、情報はデータとは違う、です。


HOME » 理事長通信 » 2014年 » 第67号 新しい産業に対応するための教育(9)日本の科学、教育における不確実性と多様性の概念の不足

PageTop