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2014年04月11日

第63号 新しい産業に対応するための教育(5)100%主義の問題点

対象が生物、特に人間である場合、情報の正しさを100%保証することは難しい場合が多い事は前述しました。動物の場合は遺伝子が均一な純系を用いることが出来ますが、人間では永遠にそれは不可能です。その場合でも100%の正しさを求められたらどうすればいいでしょう。「嘘をつく」か「隠すか」しかありません。「先生、この薬絶対に安全ですか?」と聞かれた医師が「絶対大丈夫です」と答えたら、これは「嘘」です。「それは言えません」と答えたら、「隠す」事になります。それでは望ましい答えは何でしょう。「副作用の確率は5%と推定されます」と言う答えが正しい答えでは無いでしょうか。100%正しいかわからない場合、確率と言う概念を避けるとすると、「嘘」か「隠蔽」しか残る道は有りません。正直で真面目な人々が多い日本社会で、嘘と隠蔽が意外に多い理由は情報発信と受けての両方に100%を求める傾向があるからだと私は考えています。

日本の組織や個人に隠蔽体質があると言われるのも同様の理由ではないでしょうか。顧客に、あるいは相手に100%を求められると隠したり、嘘をついたりするしか無いという事情があると思います。例えば、薬の副作用について、社会が完全な安全性を求めた場合、できるだけ公表したくないという心理が会社に芽生えることは理解できます。薬と関連があるか確実になるまで公表したくないという主張は理解できます。不完全な状態で公表するとかえって不安を煽ると考えがちです。これも完全な安全性を求める日本社会の問題点を示しています。

日本社会では「安全はあるが安心がない」と言われます。客観的には一番安全な社会なのに、住人の安心は極めて少ないというわけです。これも「リスク」の大きさを実感を持って認識する力が少ないためだと思います。リスクとは、都合の悪いこと、それが起きる確率の事を言います。昨今のように情報が増えると、あれも怖い、これも怖い、と不安が増えているのが現状では無いでしょうか。リスクは数えてはいけません。重さを測る必要があります。情報が増えるとリスクの数は増えます。しかし、全体の重さは増えていません。確率を考えずにリスクの数だけ数えていると人々は不安に陥ってしまいます。

海外では”Perfect is the enemy of good”という言葉があります。完全を主張する事は改善の余地がないことを意味します。不完全であることを認識し、不足部分を出来る限り小さくする不断の努力が大切なことを主張しています。この不完全な部分の大きさを示す概念が「確率」という概念と言えます。

近年大切な情報が、「正しい情報を独占する事」から「情報の正しさを判定する方法」と、「解明により得られる情報」に移って来たことは前述しました。

情報の正しさを判定する方法について、100%を求めるとどうなるでしょう。前述の嘘と隠蔽を避けるとすると、決められないと言うことになりがちです。決断先延ばしとなりがちです。「決められない日本の組織」はこのような理由によると思います。最後には直感と情緒で決めるしか無いというのが多くの日本の組織に言えることではないでしょうか。

次に、解明により得られる情報について、100%を求めるとどうなるでしょう。解明により仮説が得られたとしても100%正しいといえることは稀でしょう。それを認めないとすると、有用な情報はいつまでたっても得られないでしょう。どんな情報でも100%でなければ受け入れられないとすると、いつまで経っても進歩が無いでしょう。

このように100%を求める社会は情報開示が進むに連れ、大きな問題に遭遇します。情報が少ない時代にはそれほど問題とならなかったことも、情報が増えると大きな問題になるのです。

それでは日本社会はどうして100%を求める傾向にあるのでしょうか。次回は、日本社会が100%主義になりやすい原因について述べます。


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