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2014年03月18日

第58号 新薬開発の臨床試験と臨床遺伝子研究の類似性

私は疾患の遺伝子研究が創薬に役立つことを以前から主張してきました。日本からなかなか世界の薬がでないのも、遺伝医学の遅れに関係していることも主張してきました。英国の臨床遺伝学者が各国の遺伝学を比較し、「日本は科学技術や医学はすぐれているのに、人類遺伝学と遺伝医学が極端に弱い」と著書に記載していることも紹介しました。臨床遺伝子研究が創薬になぜ役立つか、もう一度ここで整理して説明したいと思います。

創薬の成功と失敗は人間における「安全性」と「有効性」にかかっています。この二つさえ満足すれば、創薬は大成功です。効果のメカニズムや動物実験の結果などは重要でないとは言いませんが、安全性と有効性に比較すれば些細な事です。そして、人間における安全性と有効性が臨床治験、および臨床研究で証明されることが重要です。例えば、新薬の承認でもっとも重要な第三相の臨床治験では多くの患者さんに新薬と偽薬を「ランダム化(randomization)」した後に、どちらが新薬、偽薬かが患者さんにも医師にもわからないようにして(「二重盲検」)服用してもらいます。その結果を整理し、「キーオープン」をした上で「統計解析」して有意性の検討を行うのです。この「ランダム化」「二重盲検」「キーオープン」「統計解析」の手順は実はゲノムワイド関連解析(GWAS: genome-wide association study)に酷似しています。

最近の新薬は分子をターゲットに設計されます。体内で特定の分子に結合し、その機能を抑制したり増強したり(ほとんどの場合は抑制)することにより効果を発揮します。第三相試験は、特定の分子の機能を抑制、または増強することにより患者の表現型がどう変わるかを調べる試験です。これがなぜGWASに類似しているのでしょう。まず、分子に介入する種類をランダム化している部分がそっくりです。第三相試験では乱数を発生することによりランダム化しますが、GWASではメンデルの法則によりランダム化が行われています。集団のレベルではハーディー・ワインバーグの法則により遺伝子の「ランダム化」が保証されていると言っていいでしょう。同じ座位の遺伝子(アレル)AとBで分子の発現や機能が違います。それをランダムに個人に配っているのでランダム化が効果的に行われます

しかも、個人は自分の遺伝子を知りません。担当の研究者も調べるまではわかりません。つまり「二重盲検」が行われていると言えます。遺伝子解析を行い遺伝型を決める行為は「キーオープン」に相当します。キーオープンが表現型が発現した後に行われていることも臨床治験と同じです。さらに、最後に分子への介入を行った多くの人々の表現型を調べ、表現型と分子への介入の種類との関連を「統計解析」します。

つまり、GWASでは「ランダム化」「二重盲検化」「キーオープン」「統計解析」という点で、行っていることは新薬開発のための第三相試験と極めてよく似ています。そして重要な事は、この第三相試験の統計解析が有意となるかどうかで新薬の承認の是非が決まるのです。これはGWASの統計解析で有意となるかどうかが論文採用の可否を決定することと同じです。

もちろん第三相試験とGWASの異なる点もあります。それは前者が前向き試験であるのに比較し、後者は後ろ向き試験であることです。GWASでは多くの場合、既に疾患に罹患した人と罹患しなかった人を比べます。従って、表現型は既に研究の前に出ているわけです。第三相試験では薬を投与した後に表現型の出現が起きます。更に、前者では統計解析を行う場合の表現型を事前に一つ宣言しなければなりませんが(一次評価項目)、後者では表現型が異なる集団の間で有意に異なる頻度の遺伝子を多数の遺伝子の中から探します。

疾患のように質的な表現型だけではなく、尿酸やコレステロール値のような量的表現型も対象とする点も第三相試験とGWASは類似しています。GWASでもこのような検査値を対象とした研究を行いますが、尿酸低下薬やコレステロール低下薬もそのような表現型を標的とします。従って、GWASの結果を見ることは第三相試験のシミュレーションを行っているようなものだと思います。

最近、GWASの結果により既存の治療薬のターゲットが説明でき、将来のターゲットも予測できる可能性があるという論文が出ています(1,2)。これはGWASが第三相試験のシミュレーションとなっていることを考えれば、全く妥当なことです。

今回は説明しませんが、遺伝病の研究も創薬に極めて有用です。In vitroの実験や動物実験の結果が第三相試験の結果を予測できないことが創薬の失敗の大きな原因です。人間の遺伝子と表現型の関連を調べることは創薬に極めて重要なのです。

  1. Sanseau P et al. Use of genome-wide association studies for drug repositioning Nat Biotechnol 30: 317-320, 2012
  2. Okada et al. Genetics of rheumatoid arthritis contributes to biology and drug discovery. Nature, 2013 DOI: 10.1038/nature12873

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