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2014年03月05日

第56号 医学生物学における因果

科学において「因果(cause and effect)」が重要なことは疑いありません。二つの対象物が、たとえ同時に動いたように見えても、因果関係がなければ小さな意味しか持ちません。たとえみかんを食べたら風邪が治ったとしても、因果関係が無ければ他人にその治療法を勧めてはいけません。たとえ4の着く日に都合の悪いことが起きたとしても、因果関係がなければ気にすることはありません。

時空を扱う物理学の場合、因果が納得しやすいのは、対象とする変数の値が並んでいるからです。互いに隣接した対象物の間に影響が及ぶことは納得できます。バットでポールを打てばボールの運動方向がかわりますが、その因果関係は明らかです。空間的に離れた対象物が影響し合う場合はもっと複雑ですが、重力は時空の歪みであり、二つの対象物間に重力が及ぶのは光速なので、やはり空間と時間の値が並んでいることが納得の中心にあると思います。

ところが医学生物学の場合、対象とする変数の値が並んでいません。物理学のレベル、即ち分子のレベルでは並んでいますか、個体が並んでいないことが重要です(例外は親子)。医学と生物学の関心事はあくまでも多様な個体です。医学の場合は自分の健康であり、それぞれの人々、患者さんの健康です。それを物理的存在である分子により説明する事を目指します。ある分子が動くと表現型がどうなるか(疾患)、ある分子を動かすと表現型がどうなるか(創薬)を解明する努力が医学研究の中でも重要な役割を占めています。これらの問題は分子と個体の表現型の間の因果の解明といえるでしょう。しかし、対象とする人間は時空の値のように並んでいません。これが医学生物学で因果の解明を困難にしています。

医学生物学にも物理の時空のように、因果の強固な基準があります。Geneticsです。親が原因で子供は結果です。ゲノムが原因で表現型は結果です。これほど揺るがない因果関係は他にありません。しかし問題は、日本ではgeneticsの概念がまだ定着していないことです。何度も述べているようにgeneticsは遺伝の科学ではありません。「遺伝と多様性の科学」です。遺伝は因果が直感的に理解しやすいものです。それは親子関係が並んでいるからです。多様性の場合、個体は並んでいません。並んでいない対象物について因果を理解するためには集合の概念がどうしても必要です。

ところが日本社会は集合の概念に弱い。単数複数の違い、定冠詞不定冠詞の違い、質的名詞量的名詞の違いが無いことにそれが反映されています。

全ゲノム配列が明らかになり、これからは分子を統合して個体を説明していく段階に入りつつあります。それには「因果」の概念が不可欠です。物理学とは異なった、医学生物学における「因果」のメカニズムについて理解してほしいものです。


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