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第55号 STAP細胞にかかわる報道について

理化学研究所小保方博士他によるSTAP細胞樹立の報道が加熱しています。この研究成果の妥当性と重要性の確認にはもう少し待つ必要があるようです。博士は東京女子医科大学先端生命科学研究所から理化学研究所と、私と同じ二つの研究所に勤務したので、面識もなく立場も違うが親近感を覚えており、何とか重要な発見であってほしいと願っています。

今回は、別の側面からSTAP細胞の報道に対する問題の考察をしたいと思います。研究論文の真偽や重要性は発表時点で確定しない場合も多いものです。しかし、日本社会は100%ではないことを受け入れることが非常に不得意です。社会がそうなので、社会に受け入れられることを前提とするマスメディアの報道も、すべてが100%でなければならないように記述しがちです。これは日本社会の欠陥であり、高度の情報産業や健康産業が育たない最大の原因であることは繰り返し述べているとおりです。

100%確実ではないことを認めないと、隠蔽と改ざんが蔓延しがちです。100%でないことを社会が認めないので、都合の悪いことを隠したり、改ざんしたりする行為が起きやすいからです。日本社会が不確実性を認識し、認めることができるようにする教育が重要です。不確実性を伴う状態を認識することが不得意なため、本質とは関係ないことに焦点を当てがちなのも日本のマスメディアの特徴です。研究論文の真偽や重要性の確認のためには深い科学的考察が必要なのに、研究者個人のどうでもいいような社会受けする内容を報道しています。

近年の科学研究にはわかりやすさも重要でしょう。研究者は研究成果を社会へ十分説明することが大切です。それは十分に認めた上で言うと、極めて重要であるにもかかわらず、どのように説明しても社会がわからない研究論文もあります。そのような研究があることを科学者集団はもっと社会に説明していく必要があるのではないでしょうか。

例えば物理学ではそれはある程度機能しているように思われます。素粒子論など、どう説明しても社会は理解しないでしょうが、科学者集団はその重要性を認め、マスメディアもある程度それを尊重しているように思われます。しかし、医学生物学の成果についてはどうでしょう。

物理学では数学が極めて重要な役割を果たします。この事が物理学の内容を近寄り難いものにしていると考えられます。医学生物学の分野ではこれまで数学の関与する部分は大きくありませんでした。ある意味では、これまでの医学生物学はゾウの足ばかりを見て、ああでもないこうでもないと全体を論じる状態でした。しかし、今やゾウの設計図であるゲノム配列が手に入り、因果を数理的に論じることができる時代になりました。そのため今後、医学生物学でも数学の関与は増えるでしょう。この分野の科学者集団とマスメディアの中にもう少しインテリジェンスのある人々が増えてほしいと思っているのは私だけではないでしょう。

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