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医学の地平線

第88号 戦艦大和と暗号

 

前回の記事、「『失敗の本質』の本質」の中で、戦艦大和と暗号の部分がわかりにくいという指摘がありました。もとの文に加筆するより、新たな記事を書くことにしました。

「失敗の本質」によると、第二次世界大戦終了前の日本軍は巨艦、巨砲主義に走っていたというのです。一対一のサシの勝負になれば砲弾が遠くへ届くほうが有利です。確かにそれは正しいでしょう。戦艦と大砲の口径は可能な限り大きくなっていきました。しかし、現実には戦艦大和は出撃後、米軍の空襲により、あえなく沈没させられてしまいます。日本では飛行機の重要性を把握できなかったのが失敗だと考える人が多いようですが、それ以上に日本軍の暗号が解かれて、戦艦大和の位置が筒抜けになっていたことのほうが大きいように思います。飛行機の重要性については日本軍も気づいてなかったわけではないのです。もっとも重要な財産に敵国の攻撃が集中すれば防ぐのは不可能でしょう。

ここに、モノ重視の日本軍と、情報も重視する連合軍の大きな違いが象徴されていると思うのです。モノは確実です。誰でもわかります。見ることも触ることもできます。トンや口径で比較もできます。しかし情報は不確実です。暗号文はデータなので確実で誰にもわかるのですが、それが意味することが不確実です。データは触ることはできませんが、書いたものを目で見ることもできます。意味は情報です。情報は触ることも見ることもできません。しかも、意味が確実だとしても戦艦大和の位置を有る点に確実に決めるものではないでしょう。

ここで、戦艦大和の現在位置である「a point」が重要になって来ます。これが「the point」ではないという事が重要なのです。場所はこの時点では変数です。Theになると値(value)になります。このように、対象物を常に変数として見ることが不確実性の下での認識には不可欠です。どのような情報を用いても、現在の戦艦大和の位置を完全に知ることはできません。「the point」に存在する確率はゼロなのです。しかし、pointsが含まれる集合の中に入る確率はゼロではありません。ここで、確率を考えるには「集合」の概念が不可欠であることがわかると思います。要素であるa pointの確率は無いのです。しかも、確率がゼロで無くなるためには、集合の中のpointsの数は無限でなければならないことがわかると思います。

さて、このようにa pointを次々にthe pointにしていって、特定の囲まれた領域の平面を無限にうめていくと、すべてうめつくすことができるでしょうか。例えばバケツほどの面積の平面であっても、すべてのpointsをうめつくすことは不可能です。全部埋め尽くしたと思っても、足りないpointがあります。このようにpointの集合はいくら集めても「ボツボツ」の点の集合です。しかし、領域は「ベタッとした」対象物です。

Pointはりんごのように数えることができますが、領域の内容すべては水のように数えることができないのです。このように無限個あったとしても、りんごのように数えることができる対象物と、水のように数えることができない対象物の違いは重大です。この違いは英語を話していると意識できますが、日本語では意識ができません。

戦艦大和の現在の位置であるa pointは特定の領域に入っているかどうかはわかりますが、a pointを無限に集めても領域を「ベタッと」うめつくすことはできないのです。そしてpointsはいくら集めても領域にはならず、面積はゼロです。しかし、領域の面積は決めることができます。

戦艦大和があるpointに存在するかどうかは検討さえできませんが、ある領域に含まれるpointに存在するかどうかは検討できます。しかし、存在する可能性は100%ではありません。ここに「確率」という概念が必要となります。領域は無限に定義することができます。それぞれの領域にpointが含まれる確率は定義できます。暗号は、その確率の集合を変更する重要なデータです。そして、そのデータの影響により変更された、すべての領域について、戦艦大和が存在するpointが存在する確率の集合こそ「情報」なのです。「ここに戦艦大和が存在するに違いない」というのが情報ではないのです。そして、その情報に従って可能な限りの戦闘機と爆撃機を出撃させたのだと思われます。

日本軍でこのような主張を持ち込んだらどうなったでしょうか。「おまえのような甘っちょろい頭でっかちの議論は無意味だ。こうと決めたら死ぬ気でやる、それが大和魂だ」ということになったかも知れません。「失敗の本質」では、このような極端な使命感を持った熱血漢が日本軍の戦略に大きな影響を与えていた事が繰り返し述べられています。熱血漢が直感と情緒に頼るしかないのは、不確実性の下で合理的な認識と分析を行うための枠組み(framework)ができていないからです。

ここで、「甘っちょろいのはおまえのほうだ。そんな幼児的な考えこそ国を滅ぼす」と言える科学者、それを支持する政治家や上司が一定程度いなかった事こそ「失敗の本質」なのではないでしょうか。そのような幼児的な考えを粉砕出来るだけの思考構造が、日本の科学者と政治家や上司の中にも不足していたからでしょう。

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