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2014年09月22日

第86号 がんゲノム研究の現場と大局(5)

待ち伏せ主義者のための第二の心得は、我慢することです。世の中の殆どの人には現場しか見えていませんから待ち伏せ主義者が評価されることはありません。だから、我慢が必要なのです。論語の最初から3行目を読んでください。そう、「人知らずしていきどおらず(うらみず)、また君子ならずや」とあります。待ち伏せ主義者には、この心が必要です。生きているうちに評価されたらラッキー、と思うくらいでいいのです。

待ち伏せ主義者のための第三の心得は、他の待ち伏せ主義者の動向に十分注意を払うことです。しかし、それを参考にしても同じ所で待ってはいけません。待ち伏せ主義者は互いに尊重しあい競争してはいけないのです。なぜなら、現場主義者の対立はその場限りですが、待ち伏せ主義者の対立は10年、20年戦争になるからです。

研究者全てが待ち伏せ主義者に成る必要はありません。ほんの一部でいいのです。最も重要なのは現場です。しかし、全員が現場でも困ります。日本の問題は、全員が現場に行く傾向があることです。日本社会が「シンクロナイズ」する傾向があることは誰でも認めるでしょう。もちろん、それがいいこともあるのです。特に、近代産業の中で製造業が成功した原因の一つもそこにあるでしょう。しかし悪いこともあります。先の開戦から敗戦に至った過程にはそれが大きく影響していると思います。これからはシンクロナイズしない人々も育てる必要があります。

 

これまでが班会議の冒頭で発言させていただいた内容です。しかし、その時は言いませんでしたが、実はもう一カ所、将来ボールの来る場所があると思います。それは人々の思考構造の起源についてです。

実は、前回描いたチャートに描かれていない存在があります。それは、このチャートを元に思いを巡らす私の、あなたの思考そのものです。つまり、我々が認識可能な全ての対象を処理している思考です。思考の複雑さは我々の想像をはるかに超えます。認識や思考の根源には何が有るでしょうか。思考の最も根源的な部分は数学的認識構造に有り、中でも代数構造、記号論理、確率空間にあると私は見ています。

前回のチャートの中で、個体と家系の関係はメンデルの法則により記載されていることを説明しました。メンデルの法則の数学的構造を解明したのはFisherです。ここで、彼はLikelihoodという重要な概念を思いつくのですが、これは確率を前提としたものです。Fisherは確率という数学的概念をショウジョウバエの遺伝の問題に当てはめ、尤度関数を造るのですが、実はこの確率という数学的概念はもともと遺伝の中に「内包」された概念であったと思います。それどころか、生物自体が「確率」という概念に支配されているからこそ、我々人間がその概念を用いるというのが私の考えです。Fisher自身が遺伝法則に支配されているからこそ、彼自身の認識構造の中に遺伝法則が内包する確率空間のモデルが存在し、それにより彼が認識する対象物をそれで説明しようとするのだと思います。ニュートンやアインスタインが遺伝法則に支配されているからこそ、彼らが代数構造を基本的モデルとして彼らが認識する自然現象を説明しようとするのだと思います。

この認識や思考はチャートの中の「進化」を通じて構築されてきたものです。それだけではなく、種、集団、家系、個体の影響も大きいでしょう。例えば、個体の中の体細胞、特に神経細胞が重要な役割を果たします。しかし、個体の中の神経細胞だけの研究では不十分だと私は予想します。

私は、メンデルの法則の論理的構造が代数構造、記号論理、確率空間に酷似していると考えています。集合論を含む記号論理学と集団遺伝学と極めて親和性が高いことも周知の通りです。つまり、私は我々の認識、思考構造の起源が、前に示したチャートの中にあると見ているのです。しかし、その思考が存在して始めて、このチャートが描かれ、思考されることも事実です。この回帰的な構造がゲノム、神経系、数学的解釈などの研究により、より説得力のある形で説明される時がいつか来ると考えています。

 

これで、このシリーズはおわりです。


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