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2013年12月24日

第50号 統合的医学生物学教育のすすめ

生物学や医学は基本的に還元主義の方向で進んできたと言える。対象の分離と純化を繰り返し本質を捉える方向性である。しかし、分子生物学の発展や全ゲノム配列解明により、制御不能な程の大きさのデータが得られるようになっている。そろそろ還元主義への方向性の修正が必要であることは明らかである。これまでは個体レベルから、臓器、組織、細胞、分子へと研究が進んできたが、これからは分子から細胞、組織、臓器、さらには個体への統合が必要となる。統合には還元とは異なった困難が存在する。還元的方向性は確実性が前提であることが多いが、統合には不確実性が不可欠だからである。一つの分子の行動は物理法則に依存するが、個人の行動を単純な法則で予測する事は難しい。不確実性を考慮した科学的方法が不可欠である。

しかし、日本ではこのような方向性を科学的に進めるための障害がある。不確実性を前提として人間や生物を理解するための教育が不足しているからである。基本的に日本の教育はモノ作りに特化した教育ではなかったか。そのため、物理、化学の立場だけから科学を捉える傾向がある。統合には「情報」を理解する必要があるが、日本社会では確実を前提とするモノやデータの理解にとどまる事が多い。分子から個体へと統合を行うためにはモノやデータを材料に「情報」を手段にした科学的方法を用いる必要がある。しかし、日本では不確実性が存在する時、もはや科学では対処不可能と考え、直感と情緒を判断基準にすることが多い。これが統合に障害となる。例えば遺伝学(genetics)は生物のモノとデータを、情報を通じて分子、細胞、個体、集団レベルに科学的に統合するために不可欠の手段であるが、この教育が十分なされていない。世代交代、発生、遺伝病、多因子病、癌、進化などが別々の分野で教えられており、それらを統合して理解する考え方が育っていない。臨床医学の分野では特定の疾患群の知識にとどまり、分子の分野では人間への理解が不足している。技術が停滞している場合はそれで十分だが、急速に発展し、科学界、産業界に激変が起きる時、断片的、表面的な理解では対処できない。根本原理に立ち返り、各分野を統合的に理解する事が不可欠である。

1990年以降の日本からの創薬の不振も、統合的に医学生物学を理解するための教育の不足によると考える。このころ、ICHが設立されGCPが設定されると言う創薬パラダイムの転換が起きた。これに対処するためには不確実性をマネージするための新しい枠組みが必要である。不確実性の中で、いかに成功確率を向上させるかと言う科学が必要である。即ち、薬物の人間における有効性と安全性を高い精度で予測する技術である。それは物理と化学では不十分であり、直感や情緒で達成できるものでは断じて無い。

誰が言ったか知らないが、日本人の行動は「子供のサッカーを見ているようだ」という。ボールのあるところにみんな群がる。現実に見えるもの、モノとして認識できるものの上に、モノではない情報を捉える力を付けるべきである。それには、もちろん教育が最も大切である。


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