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2013年11月11日

第43号 ブランドに弱い社会

最近食品表示偽装の問題が騒がれている。芝エビと表示されていたが、実は芝エビではなかったという問題である。フレッシュジュースと表示されていたが、実は紙パックに入ったジュースだったと言う。その前には産地偽装の問題が大きく報じられた。確かに、食品業者やレストランが故意に嘘をつくのは良くないであろう。しかし、偽装がわかる前の客の不満がたいしたことが無かったのであれば被害はそれほど大きくなかったとも言えるのではないか。むしろ、それほど表示にこだわる客と、嘘を言ってまでブランドを装う店側の態度に問題があるのではないか。

日本社会はブランドを好むと言われる。内容を評価するより、ブランドを重視すると言うわけである。確かに評価の高いブランドの商品は良質な物が多い傾向がある事は確かである。しかし、そうでもない場合も多いのではないか。実際に確かめなければわからない場合も多いであろう。日本社会がブランドに弱いため、日本の会社はブランドに最大の資金を投入する。実際には内容の充実に資金を投入すべきなのに。

これは、医薬品の場合にも言えることではないだろうか。医薬品の価値は「有効性と安全性」により決まるはずである。有効性と安全性は「現実の臨床データ」によってのみ示せるはずである。しかし、日本社会では現実の臨床データを取得し、それに基づいて客観的に有効性と安全性、更には有用性を判断する「疫学・統計」が弱い。そのため、どうしても印象、情緒、直感、感情に訴える事になりやすい。そのために最も有効な方法が「ブランド」というわけである。例えば日本発の新薬の開発が滞っている。海外で承認された既存薬を日本に導入する事は問題無く行われる。海外の既存薬にはブランドがあるが、日本発の新薬にはブランドが無い。ブランドが無い場合の承認基準は疫学・統計データ以外には無いはずである。

情緒や感情の方が疫学や統計より重要な場合も多い。娯楽、恋愛などはそうであろう。エンタメやラブに疫学・統計などというやぼを言っちゃあいけない。しかし、命や健康に関する限り、印象、情緒、直感、感情はできる限り抑えるべきではないか。日本社会が情緒、直感を重視し、疫学や統計を軽視する状態が続けば、我々の命や健康を海外に委ねると言う事態にもなりかねないと心配である。実際に新薬のほとんどが外国製であり、最新臨床遺伝子検査のほとんどを海外に委ねていると言う事実はこの前触れと考えるべきかもしれない。


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