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2013年11月08日

第42号 病気はどこまで遺伝するか

病気がどこまで遺伝するかは、古くからの議論の的である。精神病はどこまで遺伝するか、癌はどこまで遺伝するか、糖尿病はどこまで遺伝するか?この質問への答えは病気を持つ人々やその家族へ大きな影響を与えてきた。精神病は遺伝する割合が大きいと考えられ、家族が肩身の狭い思いを持ったり差別的扱いを受けたりする事も多かったのではないだろうか。

しかし、この「遺伝する」(inherited)ということばの定義は必ずしも容易でない。何かが親から子供に生物学的に伝達される場合、「遺伝する」と言う。確実に、ほとんどそのまま遺伝するものは「ゲノム配列」である。その理由は、ゲノム配列は情報だがDNAというモノと一対一に対応させることが可能だからである。しかし、「病気」はモノと一対一に対応しない。「病気」はモノではなく、「病気である、病気で無い」、あるいは「病気になる、病気にならない」という情報と解釈できる。病気と言う情報も、DNAというモノと一対一に対応する場合は「遺伝する」と言える。メンデル型遺伝病の場合がそうである。特に浸透率が1に近い場合は、特定の座位のゲノム配列がわかれば、病気か否かがわかる。発症してない場合は、病気になるか否かがわかる。しかし、それ以外の病気ではゲノム配列と病気が一対一に対応しないので、遺伝するという定義が難しい。

メンデル型遺伝病以外の場合、病気がどれだけ遺伝するかは、遺伝力(heritability)という概念により表わされる。これは個人の表現型の違いが、遺伝の影響の違いによりどれほど説明できるかと言う割合を示す0以上1以下の数値である。即ち、個人の表現型を変数とみなし、その分散の起源を考察する。このように個人の属性を「変数」と考える事は「定冠詞と不定冠詞」の無い日本語を話すわれわれには多少理解がむずかしいところである。また、その変数の大きさではなく、ばらつきの大きさである分散を効果の指標として用いると言う考えも慣れないと難しい。

表現型に対応するこの変数を構成する要素として遺伝型値(genotypic value)、環境値(environmental value)が存在し、表現型はその和として表わされる。即ち、

P = G + E。Pは表現型値、Gは遺伝型値、Eは環境値である。

しかし、このG、即ち遺伝型値が「遺伝する要素」を表わすものかどうかには疑問が残る。最も単純な遺伝する要素は「相加的遺伝型値」である。これはGの中でEや、他の配偶子に由来する遺伝子、他の座位の遺伝型に影響されない部分である。この部分、相加的遺伝型値は確実に「遺伝する」と言える。しかし、他の部分、例えば、ドミナンス値は同じ個体の二つのアレルの組み合わせにより、相加的効果以外の影響がある場合を説明する値である。これは、相手のアレルがどうなるかにより異なるので単純に遺伝するとは言えない。即ち、相手の配偶者に由来するアレルが何かにより、自分から子に伝達されるアレルの表現型に影響する効果が異なるのである。つまりゲノム配列の効果は条件付きとなる。さらに遺伝型値・環境値相互作用がある。これは、環境によって遺伝型の表現型に与える影響が異なる例である。また、状況を複雑にする要素は、遺伝子間相互作用である。異なった(多くの場合独立の)座位の遺伝型の組み合わせにより表現型が変わる。即ち、一方の座位の遺伝型からみると、その表現型への影響はもう一方の座位の遺伝型により変わる。即ち、条件付きである。

このような特定の座位の遺伝型が条件付きで病気に影響する場合、果たしてそれは「病気が遺伝している」と言えるであろうか。単純にそうはいえないであろう。第一、ある遺伝子が特定の病気になりやすくするのか、あるいはなりにくくするのかも、条件によって変わる可能性がある。

最近の膨大なゲノム情報を用いた研究によると、ゲノムワイド関連解析(GWAS)で抽出される遺伝子の効果サイズは小さい例が多く、発表されたすべての遺伝子を用いても遺伝力のわずかの部分しか説明できない可能性がある(missing heritability)。その理由として、頻度が低く効果が強い遺伝子が見つかっていないと言う説がある。しかし、私は遺伝力は過大評価されている場合が多いと考えている。即ち、統合失調症の遺伝力は80%と言われるが、実はそれは過大評価ではないかと言う考えである。その中には、ドミナンス分散、遺伝子環境相互作用による分散、遺伝子間相互作用による分散が含まれている可能性である(もう一つ、環境共分散により遺伝力が過大評価されている部分も大きい)。最近の研究では、ありふれた病気の発症に遺伝子間相互作用の影響がかなり大きい事が示唆されている。そうであれば、単純に統合失調症の遺伝する部分(遺伝力)はかなり低い可能性がある。ドミナンス効果、遺伝子環境相互作用による効果、遺伝子間相互作用による効果は、すべてゲノム配列が関係した作用である。しかし、上記のように単純に「遺伝する」とは言えない物である。

このような大きなドミナンス作用、遺伝子環境相互作用による効果、遺伝子間相互作用による効果を支える原因は表現型とそれを基礎にした自然選択が極めて複雑なためであろう。つまり、選択にとって、どの遺伝子が有利で、どの遺伝子が不利という事も、その遺伝子で決まるのではなく、環境や偶然居合わせた遺伝子より決まるわけである。

しかし、これらの複雑な要素の検索は困難を極めるに違いない。今は、効果サイズが小さいものであっても、相加的な、独立な遺伝子効果が確実にあるものを検索する必要がある。


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