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2013年05月31日

第38号 ビールと痛風は関係ない?

最近、雑誌などでビールと痛風、あるいは高尿酸血症は関係ないという記事を目にします。ビールに含まれるプリン体の量や個人の体験からビールと高尿酸血症、あるいは痛風は関係が無いという主張のようです。

雑誌なので面白くないと売れないと言う事情は良くわかります。しかし、医学的立場からも意見を言う必要があると思うのでここに私の考えを書きたいと思います。しかも、ここには日本における医療や健康に関する判断の大きな問題点が含まれていると思います。

まず、人間は一人ひとりが違うので、少数の経験から結論付けるのは危険です。「私はこれを飲んだら病気が治った」の類の体験談です。血液型と性格の関係も似たような論理が働いています。私の性格はこうで、私の血液型はB型だ、だからB型の人の性格は」というような論理です。日本ではどうもこの類の話しが好まれるようで、しかも結構共感を呼ぶのです。だから、マスメディアもこのような話しが好きです。

また、分子だけを取り出して因果関係を推測するのも危険です。遺伝病やビタミン欠乏症、ホルモン欠乏症などの場合は分子と病気が一対一に対応するのですが、それ以外のほとんどの場合は一つの分子で病気が説明できる事は稀です。色々な分子がからんでいるので、分子によるお話しから結論付ける事は危険なのです。この、分子によるお話しは、結構、科学者の間にも通用するので注意が必要です。特に日本では分子からお話しを作る傾向が強いと言えます。昔、リノール酸は健康に良いという説がありました。不飽和脂肪酸は動脈硬化を抑えるので健康に良いと言うお話でした。しかし、実は今ではリノール酸は体に悪い事が常識になりつつあります。これから述べる疫学調査により、その説がひっくり返ったのです。

ビールと痛風の関係について話しを戻しましょう。一人ひとりはみんな違うので、人間の健康に関する判断は疫学研究によらなければならないと言うのは世界の医学界の常識です。これをエビデンスに基づく医学(evidence-based medicine;EBM)と言います。しかも、それが科学雑誌に発表されないと信用できません。疫学調査の結果は統計解析が必須なので、それが正当に行われているかをチェックする必要があるのです。

アルコール飲料と痛風、血清尿酸値に関する2つの重要な疫学研究の結果が出ています。
Choi他. Alcohol intake and risk of incident gout in men: a prospective study. 「アルコールの摂取と男性における痛風発生のリスク:前向き研究」Lancet. 363: 1277-81, 2004.
この研究では47,150人の男性を12年間にわたって調査し、新しく痛風になった人を数えて、その人の習慣のどれと関係するかを統計解析しています。痛風発症のリスクはビールを飲用する人が最も高く、スピリッツ(蒸留酒)では少し高く、ワインを飲用する人はむしろ低いという結論です。ちなみにLancetという雑誌は世界最高レベルの雑誌です。

血清尿酸値に関しては別の論文があります。
Gaffo AL他 Serum urate and its relationship with alcoholic beverage intake in men and women: findings from the Coronary Artery Risk Development in Young Adults (CARDIA) cohort.「男性と女性における血清尿酸値とアルコール飲料摂取との関係:若年成人コホートでの冠動脈リスク発生研究(CARDIA)からの所見」 Ann Rheum Dis. 2010 Nov;69(11):1965-70

この論文では3,123人の男性と女性を20年間観察した結果が発表されています。前の論文では痛風の発生を見ていますがこの論文では血清尿酸値の上昇です。しかし結論は同じでビールは男性も女性も明らかに血清尿酸値を上昇させるという結論です。全アルコール量はわずかに尿酸を上昇させるが、ワインが上昇させる事は証明できていません。

このように疫学研究からは、ビールと高尿酸血症、痛風との関連は明らかです。他のアルコールも多少関連する場合がありますがワインはむしろ痛風には良い可能性があります。このような科学雑誌に発表された結論から、医療や健康に関する判断をするというのが文明国の常識です。しかし、日本ではどうもそれが常識とは言えないようです。分子的なメカニズムが証明されない限り、意味が無いと考えがちなのです。モノである分子はわかるが情報であるエビデンスは理解しにくい。そして、それはまた日本の国益を大きく損ねてもいます。

例えば、創薬です。新しい薬を作って、世界に販売すると言う事業はとても大きな産業です。しかし、日本発の世界の薬は最近ほとんど出ていません。痛風の世界で発売されたフェブキソスタットは極めて稀な例外なのです。日本からの創薬がほとんどできなくなったのは1990年頃からです。このころ、世界の新薬の認可がグローバル化され、EBM、つまり疫学と統計学が最重視されるようになったのです。それ以前の日本では、動物実験や、試験管で証明された薬の作用が重視されていました。しかし、EBMが重視されるようになって以降、日本から新薬ができなくなりました。

日本だけで使われていた抗癌剤も、認知症の薬も分子のお話からは効果があると予想されますが疫学の立場からは効果が証明できませんでした。もちろん、分子も動物実験も、試験管の実験も重要なのですが、最終判断は疫学と統計です。疫学と統計で証明されていない結果は信用できないと言うのが世界の常識なのです。

しかし、日本の医学や医療ではかならずしもそうでは無いかも知れません。例えば、学会の規模でも欧米では統計学会や人類遺伝学会が巨大で分子生物学会は盛んではありません。日本はその逆です。遺伝医学などは、海外からは日本が遅れた国と名指しされています。薬の使い方や治療のための医療機器の評価も疫学統計が重視されない傾向にあります。それでは薬や医療機器が大幅な輸入超過になる事は免れません。日本の常識は世界で通用しないからです。

これを克服するためには中等教育やマスメディアも含めた意識改革が必要です。私は何なにを飲んで病気が治った、とかいうお話しより、科学的雑誌に発表されたエビデンスを重視するような傾向を強めなければなりません。


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