HOME » 理事長通信 » 2013年 » 第34号 情報を粗末にする日本人

2013年02月22日

第34号 情報を粗末にする日本人

日本人には、ものを大切にすると言う非常に優れた性格がある。しかし、その半面、「情報」を非常に粗末にするという悪い側面もある。ものの価値は認めるが、情報の価値を十分に認めているとは言い難い。情報を取得するため、あるいは利活用するためにお金を払うと言う習慣がほとんどない。

第二次世界大戦でも日本では欧米に比較して情報は重視されなかった。戦後わかった事であるが、米軍による情報の活用は並みのレベルでは無かった。歴史に残る数学者であるチューリングは米軍で暗号解読の仕事に従事していたことがわかっている。そのためか日本軍の暗号は簡単に解読されていたようである。日本軍の情報が米軍に筒抜けの状態では戦争に勝つ事はほとんど不可能であろう。しかも、情報が筒抜けであっただけではなく、その利活用においても米軍は卓越した能力を持っていたと推測される。歴史上、おそらく5指に入る統計学者であるネイマンも米軍で働いていた事がわかっている。どのような業務を行っていたかは不明であるが、彼の検定や推定理論はデータを分析し、作戦の意思決定に利用する事に役立ったであろう。おそらく、膨大なデータを分析し、戦略決定に大きくかかわっていたのであろう。その上、兵器などの制御理論についても世界最高の科学者が担当していた。サイバネティックスの大家、ウィナーが米軍で働いていたと言う。兵器の命中率を高めるために、あるいは飛行機、戦車や船の制御に彼のフィードバック理論を利用していたのではないか。歴史に残る数学者が3人も米軍に居たと言うことの意味を理解せず、ただ物量だけの戦争と捉えると本質を見誤るであろう。

実際に、日本では物は重視されるが情報は重視されない。それは、情報を利活用する手法が理解されていないからである。最も単純な情報は、ある対象物と他の対象物との関係に関する情報である。全く関係が無い場合と、一対一の関係の場合には誰でも理解できる。問題は、一対一ではないが、互いに関係がある場合である。そのような関係を理解するためには「確率」と「因果」の概念を理解する必要がある。

日本では、確率は極めてあいまいに理解されている。一対一では無い場合を「確率」と言っている場合も多い。科学者の間でさえそうである。例えば、「確率的」「確率過程」「確率変数」という場合は、「確率」の意味は一つの試行の結果が一つでは無い場合を言う。英語で言えば、probabilityではなく、stochastic, randomの意味に「確率」ということばを使っている。確率は無限に同じ試行を繰り返した場合の特定の出来事が生じる割合であり、更に厳密には集合論により定義されている。従って、集合論を現実世界の対象物と対応させる事ができないと、確率は理解しにくい。

「因果」も日本では一対一の時のみに適用する事が多い。直感的に自明な場合を因果といい、それはある物が別の物にぶつかって、後者が動いた場合のような単純な場合にしか適用できない。一対一対応では無い時には、「原因を動かすと結果は動くが、結果を動かしても原因は動かない」、ということで定義すべきであろう。これは人間行動のすべての場合に重要であり、意思決定を行うための最高の情報を提供する。二つの対象物の一つを動かすと、他の一つが動くかどうかを考察する必要がある。しかも、多くの場合、それが一般的に起きるかどうかを考察する必要がある。特定の場合がわかっても、それが一般的に起きるかがわからないと意思決定に有用では無いからである。

上記の、確率と因果を理解するために重要な概念、集合と一般化が日本語では考えにくい。日本語には集合名詞が無く、不定冠詞と定冠詞の違いも無い事は前述した。また、対象物の性質として重要な可算、不可算名詞の違いも無い。この3つの問題を正確に理解すれば、情報の利活用に大きく役立つ。

日本では、確率や因果の概念の理解が薄いため、一対一対応の場合の意思決定を直感、情緒、好み、利害に頼る傾向がある。そのために、「お話し(anecdote)」を作り、それで多くの人々が納得する傾向がある。「私はその薬を服用した結果、病気が治った」というようなお話しである。「血液型物質は脳にも発現しているので、性格に関係する」というお話しもありうる。それでは、別の人が「私はその薬を服用したが、病気は治らなかった」。「他の多くの物質も脳で発現しているが、すべてが性格に関係するのか」というべつの話しが出てきて決められない。そこで、権威が重視され、権威のある人の意見が正しいと言う事になりがちである。

この傾向を改めるためには、中等教育の改革が必要である。それは、数学、英語、生物の分野を主体としたものになるであろう。数学では確率統計を増やし、英語では対象物を捉える様式の違いを集合名詞、冠詞、可算不可算名詞により説明する。生物では、分子だけではなく、それを統合する情報について詳しく教える。

対象を物だけに集中し、情報を正しく捉える事ができなければ意思決定は常に他の国に委ねることにもなりかねない。情報を手段とした新しい産業も生まれてこないであろう。


HOME » 理事長通信 » 2013年 » 第34号 情報を粗末にする日本人

PageTop