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2013年01月29日

第31号 不確実性と多様性にどう対処するか(7)

高学歴ワーキングプアが問題になりつつある。約20年前から大学院重点化政策が取られ多くの大学が大学院のコースを拡充したが、その卒業生が必ずしも好条件の就職ができていない。大学院を卒業してもアカデミーのポストや民間企業に就職できない人々をオーバードクターと言ったが、その後、任期制ポストであるポスドク(博士研究員)が創設された。しかし、ポスドクは任期制雇用であり安定しないポストである。大学院卒業後もアカデミーでのキャリアをめざす研究者たちは常勤のポストを目標とするが、助教や正規研究員などの常勤ポストは増えていない。もし大学院卒業者の多くがアカデミーをめざすのであれば、助教以上のポストを大幅に増やさなければ大学院卒業生は収容できない。さもないと、大学院卒業生はポスドクとして不安定なポストにとどまり続けるか、非常勤講師などの低収入の職種しか得られない事になる。ただし、日本の大学が大幅に常勤ポストを増やす事は望めそうにない。このままの状態が続けば、大学や研究所はポスドクで、あるいはポスドクにもなれない若手研究者であふれ、社会には定職の無い高学歴者であふれるであろう。

アカデミーでのキャリアが望めないのであれば、当然企業での就職を目指すべきである。しかし企業側ではむしろ博士課程の卒業生を敬遠し、修士課程修了者や学部卒を歓迎する傾向が強い。博士課程の卒業生は年齢も高く、給与水準も高いので、修士課程や学部卒の方が好まれる。米国では大学院卒業生が圧倒的に有利であり、給与も高いのに、この違いはどこからくるのであろう。日本ではなぜそのような状況にならないのであろうか。なぜ日本では博士が民間企業に歓迎されないのであろうか。

その理由は日本と米国の産業構造の違いにあると考えるのが自然である。日本の産業には大学院教育が必要な分野が多くは無いのではないだろうか。むしろ、現在の日本の企業の分野では能力、知識、技術の面で、既に民間はアカデミーにひけを取らないレベルに達しているのではないか。別にアカデミーに頼らなくても、企業内の教育、あるいは仕事を通じての教育で十分なのではないか。それでは、米国ではなぜ博士が求められるのであろう。

そのヒントは、米国で若者に人気のある職業にある。順位は年によって少し入れ替わるが、米国の調査では若者に人気のある職業は、1位、ソフトウェアエンジニア、2位、数学者、3位、アクチュアリー(生命保険などを扱う人口統計学者)、4位、統計専門家、5位、コンピュータシステムアナリストである(2011年)。これらはすべて数学が中心的な役割を占める職種である。日本で若者に人気のある職業を尋ねると、東芝、味の素、明治、三菱商事などの企業名か、公務員という答えが一般的なのと大違いである。日本の若者は、これらの企業に入って何をしたいのであろうか。ただ、大きな企業に入れば安心だと言う直感で答えているのであろうか。これでは大学院卒業生が敬遠されるのは当然であろう。

確かに、大学教育の中で民間がアカデミーに逆立ちをしてもかなわない分野は数学である。そして、その能力が米国の企業では必要とされているのであろう。米国で若者に人気のある会社は、グーグル、アップル、フェイスブック、マイクロソフト、オラクルなどである。これらの会社では数学の能力や技術は極めて重要である。天才的能力を持つ人々は別として、一般に情報学や統計学の深遠な哲学については単純に仕事の中で身につける事は不可能である。そして、そのような深遠な哲学があって初めて新しいアルゴリズムやプログラムを考え出す能力ができ、検索エンジンやソフトウェアなどの商品が生まれるのである。例えば、標本空間、可測空間、確率空間、σ集合体、確率測度、ボレル集合、ルベーグ測度などの概念を完全に把握しないと現実を数学的に把握し、それに合ったアルゴリズムを作る事は困難である。それも数学的に把握するだけではなく、現実世界と対応させる形で把握する必要がある。

金融や経営についても同じであろう。米国や英国のようにマクロ経済学や経営などに数学的手法を用いる必要があれば、確かに大学院卒業生は歓迎されるであろう。医療や健康産業についても同じ事が言える。このような産業においても情報解析や統計学の能力は極めて重要である。米国では医療従事者にも統計学を徹底的に教育する過程も完備されている。日本の医療や健康産業においては、患者や消費者の利益を客観的に数理的に評価するよりも、直感や好み権威などに力点を置いてはいないであろうか。例えば日本の医師の薬物選択の基準は疫学データの解析に基づく患者への利益よりも、製薬企業の宣伝に力点を置いていないであろうか。それなら確かに大学院での教育は大きな意味を持たないであろう。

日本の産業には大学院教育で身に着く能力が発揮できる分野が少ないように思われる。今後、日本の産業構造が変わらないのであれば、大学院教育課程は大幅に減らす必要があるだろう。もし大学院教育課程を減らさないのであれば、日本の産業構造を大幅に変える必要があるだろう。


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