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2013年01月28日

第30号 不確実性と多様性にどう対処するか(6)

不確実性と多様性に対処する技術が日本において立ち遅れているのには理由がある。不確実な過程では可能性のある結果が複数ある。多様性がある場合には、個々の対象物と、その集まりである集合の両方が重要である。そのような状況をうまく把握することが日本語で育ってきた我々には難しいかもしれない。しかし、その困難の本質がどこにあるかがわかれば対処する事は可能である。困難の構造が見えないと克服するのは並大抵ではない。

日本語には単数と複数の違いが無い。つまり結果が単一である確実な過程と、結果が複数ある不確実な過程の違いをうまく言い表す事ができない。一つの試行(trial)に一つの結果(outcome)がある場合と、複数の結果(outcomes)がある場合を容易に区別できない。英語では”one of the”というフレーズをしばしば用いるが、日本語で対象が複数のうち一つであることはあまり意識しない。多様である一つの集まりをうまく捉える事ができない。

英語では集合名詞があるが、日本語では明確な概念は無いように思われる。家族という場合と、a family, family members, familiesなどの表現とは、構造の深さに大きな差がある。同じ本が2つある時は、日本語では2冊の本であるが、英語では”two copies of a book”である。英語では、集合とその因子が、集合の構造とともに明確に区別して認識される。日本人は集合の概念を把握する事が苦手であるように思われる。前述のように、対象が複数のものの中の一つなのか、全体なのかを区別する習慣に乏しいと言う事は、集合の概念を用いる習慣に乏しいと言う事を意味する。

集合の概念は、変数の概念と類似している。変数X(variable)は色々な値(values)を取りうるが、これを集合X、因子を値とほぼ同じと考えても良い。変数は数学において最も重要な概念のひとつであると思うが、これも日本人には把握しにくいように思われる。つまり変化する対象、多様な対象を論理的に取り扱う事が得意ではない。

変化する対象をうまく把握できないと、因果の論理がうまく捉えられない。二つの対象物がある時、どちらが原因でどちらが結果か、あるいはどちらも原因ではないか、を常に考える習慣が弱い。因果の関係は極めて重要である。原因を動かせば結果は動く可能性が高いが、結果を動かしても原因は動かない。因果に弱いのは日本の慢性病であると言う欧米人の指摘もある。日本に遺伝学や人類遺伝学が発展していないのも、このような背景が関係している可能性がある。遺伝学は因果を教える科学分野でもある。親が原因で子が結果である。遺伝子が原因ですべての表現型は結果である。遺伝子を動かすと表現型は動く可能性が高いが、表現型を動かしても遺伝子は動かない。

英語には可算名詞(countable noun)と非可算名詞(uncountable noun)の違いがあるが日本語には無い。可算名詞は冠詞”a”を持ちうるが非可算名詞は持ち得ない。可算名詞は複数になる事ができるが、非可算名詞は複数になる事はできない。可算名詞の対象物は数える(count)事により大きさを調べる事ができるが、非可算名詞は測る(measure)事により大きさを調べる。前者は質的(qualitative)、後者は量的(quantitative)である。Qualitativeとquantitativeの違いは日本人には捉えにくいように思われる。英語を使っていると、常に現実の対象物が質的で可算のものか、量的で非可算のものかを考えないとしゃべれない、書けない。

日本人は純粋数学では極めて貢献度が高いが、応用数学では欧米に比較して見劣りする。欧米でも英国と米国が応用数学に強く、フランスとドイツは多少弱い。英国は特異な国で、現実と離れた純粋数学の分野ではそれほど強くないが、応用数学の分野では並はずれた業績を残している。遺伝学や統計学は英国で始まり、世界に拡大した(メンデルの法則より前に、英国では遺伝学が盛んになっている)。

ことばの問題が純粋数学より応用数学において大きな影響を与える理由は、多くの場合、ことばは現実社会を対象としているからである。数学には数式が多く使われるが、数式は基本的には現実社会を対象とする物では無い。従って、上記のような日本語と英語の違いは、純粋数学にはそれほどの影響は無いのであろう。

ここで例を取って、血清尿酸値と痛風について考えてみる。血清尿酸値は濃度なので基本的に量的であり連続的な対象物である。これに比較して痛風は質的であり離散の対象物である。痛風は、「痛風であるか」「痛風で無いか」の違いがあるが、尿酸値は数える事は困難である。数値としては一応、有限の数しかないが、本当の尿酸濃度を考えると無限にあると考えられる。痛風は可算であるが、尿酸値は非可算である。


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