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2013年01月10日

第26号 不確実性と多様性にどう対処するか(2)

じゃんけんに勝つにはどういう戦略が良いであろうか。グーばかりを出していては確実に負ける。相手がこちらの戦略を読んで、パーを多く出してくるからである。相手は人間だから毎回違った手を出してくる可能性がある。つまり、相手の出方が不確実なのである。

これがモノを対象にした時と、生き物を対象にした時の根本的な違いである。モノを相手にじゃんけんをするのは簡単である。相手の出方が確実だからである。相手がハサミであれば、こちらは常にグーを出せばよい。ハサミはよほどの事が無いと動かないからである。

人間が相手のじゃんけんの場合は、相手を良く研究しないと勝てない。相手は人間なのでじゃんけんの癖は多様である。相手の癖を良く研究して、相手がグーを出す確率が多ければ、こちらはパーを多く出せばよい。もっと複雑に、グーの後ではチョキを出す確率が高い場合や、3回同じ手はほとんど出さない場合などは、それを考慮した戦略を取ればよい。戦略とはこのように不確実性を前提にした場合に重要になる事項である。人間は多様なので相手によって異なった戦略を取る必要がある事が多い。相手の癖を見極め、戦略を建てるのである。日本は相手の研究を怠り、横並びで方針を建てる傾向が無いだろうか。それでは戦略と言えないであろう。

じゃんけんに勝つには相手の癖を見極める事が重要だが、それにはどうしたらいいだろう。まず単純にグー、パー、チョキのどれが多いかを直感的に判断する事ができる。相手はグーを出す事が多い、あるいは同じ手を連続して出す事は少ない、などの印象は結構役に立つ。ただし、直感や印象は客観的データ分析にはかなわない。じゃんけんで相手が出した手を数多く集め、例えばグーの割合を計算する事ができる。直感や印象は文章で示す事ができるが(従って文系の論理と言える)、計算をするころから理系の論理が始まる。実はこれからが本当の勝負である。やはり、高度な解析のためには数学を用いる必要がある。例えばマルコフモデルなどを用いて相手の過去のデータを解析するのである。高度のアルゴリズムを用い、相手にも解読できないような方法を用いる戦略が望ましい。

そのためには、できる限り多くの過去のデータを集める必要がある。しかし、過去のデータはそのまま未来の予測を行う事はできない。過去のデータの上で、情報学的、統計学的な分析を行う必要がある。実は、必勝法はどのような場合のも困難であるが、相手が天才でも引き分けに持ち込む戦略はある。グー、チョキ、パーを同じ確率で出し続ける事である。通常のじゃんけんではフェアな方法とは言えないが、実は、天才じゃんけん師に勝つ方法がある。ルールを変えるのである。これまでは、グー、チョキ、パーのどの手で勝っても報酬は同じというルールであった。これを変えればよい。例えば、グーで勝てば100円、チョキ、パーで勝てば50円もらえると言うルールにする。このルール変更に相手が気づく前に、自分はグーの確率を、その他の手の確率の2倍にすればよい。グー、チョキ、パーを50%、25%、25%の確率で出すのである。相手がルール変更に気付いて同じ戦略を取り始めれば、こちらの勝ちは保証されないが、それでも負ける確率は0.5を超えない。

長々とじゃんけんの話を続けたのは、これが日本の現状を打破する事に関係すると思うからである。モノ作りが得意な日本人は、これまで相手を研究する事を怠ってきたのではないだろうか。相手とは例えば、顧客である。良いモノを作れば必ず売れると誤解していないだろうか。買い手に左右されず、わき目も振らず、ひたすらに同じ事を繰り返す事を称賛する傾向が強くは無いだろうか。相手を研究して、考えに考え、相手によりやりかたを変える事を、あさましいと考える傾向が無いだろうか。

例えば医療や創薬には、この「じゃんけんモデル」が応用できる。医療の対象は人間であり、医療行為の結果には不確実性が必須である。診断も治療の結果も100%とは言えない事が多い。つまり、じゃんけんと同じで、勝率が100%という事はあり得ない。勝率が100%で無い場合は、結果のデータをできるかぎり多く集める必要がある。医療の場合には、診断結果や治療の結果をことごとく収集する必要がある。その上で、データを徹底的に分析し、正しい診断の確率、治療成功の確率をできる限り上げる必要がある。じゃんけんの場合は、勝率を上げる必要がある。

しかし、日本は臨床データを収集し、それを分析したうえで応用すると言う分野が得意とは言えない。多くのガイドライン作成者から出ることばは、「日本にはエビデンスが極めて少ない」という嘆きの声である。日本の医師は客観的データより、直感や印象により治療法を選択する事が多くは無いだろうか。あるいは発言者の地位を根拠にその妥当性を判断する傾向が無いだろうか。それでは勝率を極限まで上げる事は難しい。有効性と安全性の両面から、治療成績を最大化する事は困難である。

最近の日本の電機電子機器メーカーにも同じ事が言えないであろうか。顧客の需要を軽視して、モノの性能にこだわる傾向が強すぎはしないであろうか。製品開発や設備投資にしても、客観的なデータ解析より主観や直感に頼る事が多くは無いであろうか。日本の会社にはデータを客観的に解析し、それに基づいて方針を決める統計学、情報学(特に応用面で)を専門とする社員の数が極端に少ないように思われる。第一、日本に統計学を専門とする高等教育機関が極端に少ない事がそれを如実に反映している。更には、グーグルのように情報学と統計学に特化した産業が発展しない事も日本の大きな問題である。

以上のような問題は必ずしも日本の医師や企業側だけにあるのではなく、国民全体の思考法に根ざすものであり、それはまた教育にも大きく関係している。おそらく、バブル崩壊前の日本では、この国民全体の思考、日本の教育が世界環境に合致していた。しかし、急激にそれらは不適合を起こしつつある。不確実性と多様性に対処する必要性が医療、企業、更には社会生活で急激に増加し、それらに適合する事ができないでいる。


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