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2011年10月11日

第21号 スティーブ・ジョブズ氏について

Apple Computerの創業者の一人で、長期にわたりApple社をリードしてきたスティーブ・ジョブズが亡くなりました。56歳の若さで死因は膵臓がんと思われます。

私はApple IIの時代からアップルの製品を使用していました。Apple IIは必ずしも最初のパーソナルコンピュータではありませんが(たぶん、アルテアがそうだと思います)、パソコン時代の幕開けは確実にApple IIによって行われたのです。ただし、Apple IIを実際に作ったのはスティーブ・ウォズニアクです。ジョブズはウォズのたぐいまれな才能を見出し、商売には無関心の彼を説得し、世界に向けてApple IIを売り出したのです。

Apple IIのすばらしさは、ペリフェラルスロットという8つの溝でした。この溝に、カードといわれる部品を差し込むとフロッピーディスクドライブやプリンターを接続する事ができるのです。Apple IIは6502というモトローラ製のCPUで動きましたたが、Z80カードを差し込むとZ80コンピュータに変化します。Z80の上でCPMが走り、WardStarというワープロが動きました。当時、これを使って英文論文を書いたものです。マイクロソフトのビル・ゲーツが開発したBASICが走ったのもこのパソコン上です。

次の衝撃はIBMがIBM PCというパソコンの販売を始めた事です。IBMは内部を全部公開すると言う戦略を取ったため、世界中の会社がパソコン販売を始めます。IBMコンパチと言われたこれらのパソコンのOSとして、ビル・ゲーツがMS-DOSを開発し、発展の基礎を作るのです。Apple IIは価格も高かったので次第にIBMコンパチマシーンに圧倒され少数派になってきます。

ジョブズはこの時、Palo Altoのゼロックス研究所を訪問し、アラン・ケイの開発したSmall talkを見、仰天します。マウスとWIZWIG(What you see is what you get)環境を取り入れたLisa、後にマッキントッシュを世に送ります。私はこのマックも日本発売後すぐに購入しました。当時動いていたソフトはMacWiteというワープロとMacPaintというお絵かきソフトだけでした。マイクロソフトはマックに向けてExcel、Microsoft Wordなどのソフトウェアを開発します。マウスで位置の操作を行うこれらのソフトは、非常に優れたものでした。私は、バージョン無しのExcel、Microsoft Wordを購入し、今でも保有しています。

マイクロソフトはその後、IBMコンパチマシン用にもマックと類似したWindowsを開発します。その後、Windowsがマックを圧倒し、低迷したアップルコンピュータ社がジョブズを放逐する過程は皆さんご存知でしょう。

一時は倒産の危機に瀕したアップルが、その後ジョブズの始めたNeXTを買収し、ジョブズがアップルをリードするようになった後の成功についてもまた知られているところです。iMacの成功に引き続き、iPod、iPhone、iPadなどコンピュータ以外の分野にも手を広げて来ました。

私はジョブズが何故このように次々と革新的なプロジェクトを成功させたのか不思議でした。彼のスピーチを聞くと、彼は毎日、これが自分に取って最後の日だと考えて行動してきたそうです。そして、それが実現する日がついに来たのです。


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